主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
明け方、百鬼夜行を終えた銀はいつも通り家に戻った。


この家は主さまの屋敷のある裏庭に建てられたもので、主さまの守備範囲内に入っているために、留守をしても最悪主さまが駆けつけてくれるはずだ。

主さまもそれをわかっていて裏庭に住むように勧めてくれたわけだが…相変わらず主さまの愛情表現は下手だ。


『若葉が近くに住んでいないといやだと息吹が駄々をこねるから、特別に裏庭に住むことを許してやる。留守をする時は若葉をうちにつれて来い』と。


かつては犬猿の仲にあったために情けをかけられたのかと思ったが…違った。

主さまは、息吹と出会ったことで優しさを覚えたのだ。


「おお、よく寝ている。そうだ、今日は俺が特別ににぎり飯でも作ってやろう」


すやすやと眠っている若葉の小さな手を握りながら頭を撫でた銀は、大人しすぎる若葉の顔をじっと見つめた。

…若葉は我儘を言ったことがない。

“独りにしないで”と泣いて縋り付いてきたこともないし、ただいつも…“ちゃんと帰って来てね”という。

そう送り出される度に少しだけ胸が痛むが、あと10年もすれば美しい女になって伴侶にも恵まれるに違いない。

それまでは手元に置いて育てるのが、拾った者としての役目。


「よし、梅とおかかのにぎり飯ができたぞ。…じゃあ行くとするか」


――遊んでくれる女は妖であれ人間の女であれ、掃いて捨てるほど居る。

時々家に女を連れ込むことがあるが、こちらが何を言わずとも若葉は心得たかのように家を出て行き、主さまの屋敷の庭にずっと立っているのだ。

見かねた息吹が屋敷の中へ引きずり込んで一緒に遊んでやっているようだが…若葉は本来人と暮らしたほうがいい。


「そろそろ寺子屋に行かせるか。あそこには同い年の人の子が大勢居るからな」


にぎり飯をちゃぶ台に置いて家を出た銀は、1度だけ小さな家を振り返る。

“ぎんちゃん”と元気な声で駆けて来る若葉を見たことがない。

子供らしい若葉を見たことがない。


「…俺は育て方を間違えたのか?」


それが気がかりで、銀の脚は女の元ではなく、平安町の晴明の元へと向かっていた。

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