主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
その日の夕方、主さまは百鬼夜行に出る前に、井戸水を汲もうとしていた息吹の手からつるを奪った。


「?主さま?」


「…俺が手伝ってやる」


腕まくりをしていた息吹はきょとんとした顔で主さまを見上げて、主さまは無言で井戸の底から綺麗な冷水を汲み上げると手桶に移し、息吹に柄杓を渡した。



「俺は忙しい。早くしないと百鬼たちが来てしまう」


「あ、う、うん。主さま…ありがと。雪ちゃんの代わりをしてくれてるの?」


「…あいつが帰ってくるまでの間、代わりになってやる。だからもうあいつのことで泣くのはやめろ。…一体お前は誰の妻になったんだ?」



ぶつぶつ不平を言いながら息吹から離れた主さまは、後ろから帯をきゅっと握ってきた息吹を肩越しに振り返った。

息吹は満面の笑みで、柄杓を持ったまま背中から抱き着いてきたので主さま、硬直。


「…水が着物にかかるからやめろ」


「主さまってやっぱり優しい。私、主さまのお嫁さんになれて本当によかった。…助平だけど」


「う、うるさい。行くぞ」


――主さまが持ってくれている手桶から水を掬い、庭で咲き誇っている花たちに水を遣る――

そんな些細な時間さえもなかなか持つことができない主さまと息吹は、部屋の外で久々に2人の時間を楽しんだ。


…主さまの百鬼夜行は夫婦になった今も毎日続いている。

晴明と夫婦になった山姫と同じで、こうして同じ時間を共有できるのは明け方から夕方にかけてのみ。

主さまの睡眠を邪魔してはいけないし、必然的に夫婦になる以前より一緒の時間が減ったが、密度は濃くなった。


不満を言うつもりもないし、主さまと夫婦になれた今が1番幸せ。

雪男が早く戻って来てくれたら、もっと幸せ。


「おお、十六夜が水遣りを手伝っているのか。どうだ雪男の“代わり”は」


「…これからは俺がしてやってもいい」


「駄目だよ水遣りは雪ちゃんの仕事なんだから」


「…」


「やや?どこからか芳しい香りがするな。どこだ?」



鋭敏な嗅覚を持つ銀が鼻を鳴らして近付いてきたと思ったら脇を抱えられていきなり頭上まで持ち上げられてしまい、驚いた息吹はこれ幸いにとふわふわの耳を触りつつ主さまに睨まれた。


「わあ、高いっ」


「ふむ、香っているのはお前からだったか。女の香りがするぞ、あともう少し色香があれば最高だな」


くんくん鼻を鳴らして息吹の首筋を嗅いでいる銀に切れた主さまが天叢雲の鞘で銀の臍辺りを突いた。


「死にたいのか?」


「大人げない奴だ」


そんなことをしている間にも、雪男は順調に成長中。
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