主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-【短編集】※次作鋭意考案中※
明け方主さまが百鬼夜行から戻って来ると――寝ていると思っていた息吹は床の横で背筋を正して正座していた。


…しかもどこかに出かける風体で。



「…寝ていろと言ったはずだが」


「主さま…私、実家に帰らせて頂きます」


「!」



…何か息吹を怒らせるようなことでもしてしまったのかと不安になったが、夫婦喧嘩らしいことはまだしたことはない。

だが息吹は深々と頭を下げて、“駄目だ”と言っても飛び出して行きそうな覚悟が見えた。


「…どうした」


「父様に会いに行くの。母様が言ってたの。父様が寂しがってるって。主さま…私は父様のことを本当の父様だと思ってるの。だからお願い。行かせて下さい」


頭を下げて上げない息吹の肩は震えていて、晴明に嫉妬を覚えた主さまは煙管で息吹の頭を軽く叩いた。


「…俺だって父代わりだぞ」


「主さまは旦那様でしょ?父様は父様なの。…お願いしても駄目?絶対戻って来るから…主さまお願い」


…寂しい思いをさせているという自覚はあった。


あんなにいつも一緒に居た晴明と離れ、晴明は時々顔を出しに来る程度。

晴明なりに気を遣ってくれているのだろうが、それは結局互いにとって心の拠り所を失いかねないほどの喪失感に違いない。


息吹は今にも泣いてしまいそうだし、本当に仕方なく渋々息吹の願いを聞き届けた主さまは、顎を取って顔を上げさせると息吹の黒瞳を覗き込んだ。


「…後で迎えに行く」


「!主さま…っ、ありがとう!」


抱き着いてくると思って腕を広げて待っていた主さまの脇を脱兎の如く駆け抜けて部屋から居なくなり、息吹を抱きしめるはずの腕は行き場なく枕を抱きしめると床にふて寝した。


「…息吹の阿呆」


――平安町の晴明の元へ向かう直前、息吹は階段を駆け下りて雪男の部屋の前に立った。

時間が惜しいので中へは入らず、息を切らしながら扉の向こう側の雪男に呼びかけた。


「雪ちゃん、ちょっと留守にするけどまた後で会いに来るから!おっきくなっててね!絶対だからね!」


そう言い放ってまた階段を駆け上がって庭に降りた息吹は、空に向かって声を張り上げた。


「朧車さんっ、私を父様の所に連れて行ってもらえるっ?もしよかったら…」


「いいよ。主さまと喧嘩でもしたのかい?」


庭の木々の向こうからがらがらと車輪の音を立てて現れた牛車の姿の妖に笑われた息吹は首を振ってすぐさま中に乗り込んだ。


「ううん、後で迎えに来てくれるよ。朧車さん、よろしくお願いしますっ」


全速力で空を飛びだした。
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