ほし
笑顔
「おはようございます!まり様」
「おはよう」
「あ、まり様!おはようございます!!」
「おはよう」
廊下を歩く美少女を見付けた途端に、その場にいた生徒達は我先にと彼女へ挨拶をする。
そしてその生徒達に極上の笑みで返しているのが美少女、まり・アルブス。
アルブス家は、色が家名に入っている者が上位の地位を表すこの世界(簡単に言えば、色の名前が家名に入っていればその者たちの大半が貴族であり、この世界の権力を握っている)の中でも超上流の家である。
まり・アルブスは、そのアルブス家本筋の娘であるが為、彼女に気に入れられさえすれば、自分の家も、そして自分もこれから優位な地位に立てると考える者が彼女に毎朝昼夜と挨拶や貢物をして、何とか気に入られようと努めているのだ。
勿論理由はそれだけではない。彼女は才色兼備という四字熟語がぴったりと当てはまるほどの素晴らしい女性だからというのもあるだろうが、やはり先に述べた家のことが彼女をあがめる理由の大半を占めているだろう。
「まりさん、おはようございます」
「あ、レグ。おはよう」
とその時。一人の見目麗しい少年が彼女へと近寄ると、まりの周りに群れていた集団は、さっ、と一歩引き、その少年にも挨拶をし始めた。
群れが引こうがかまわずに、まりは少年に笑みを浮かべる。
だが、その少年への笑みは先程の笑みとは少し違い、柔らかな笑みだった。
レグ、と呼ばれた少年のそれは愛称であり、本名は、レグルス・アーテル。
アーテル家もまた、アルブス家同様の超上流貴族の家であり、アルブスとアーテルと聞けば誰もがひれ伏す程だ。
どちらかと言えば、アーテル家の方が少しだけ位が高いかもしれない。
だが、大きな差異はなく、アルブス、アーテル、そしてもう一つ、カエルレウムという家の三つをあわせて、三大名家とも呼ばれる。
「今日は寝癖がついてますよ」
「え。本当に?どこ?」
「ほら、ここです」
「あ…ありがとう!」
ひょこりと跳ねているカールされた横髪に触れたレグルス。
その顔には穏やかな色が浮かんでおり、レグルスにとってまりという少女が特別であることを表していた。
また、まりもレグルスに指摘されたことに、年相応の、えくぼを見せて可愛らしく笑うのだった。
貴族というのは、全てがどこかで血のつながりがあるのだが、まりとレグルスはハトコという血柄であり比較的近しい筋に加え、幼なじみでもあるがために、大変仲が良いのだ。
「ねえ、今日のブレイクファーストなんだと思う?」
「今日ですか?また和食なんじゃないですか?
先日やって来たコックが大の日本食好きですし、昨日もその前も和食でしたし」
くるくると表情を変える美少女。その表情には嘘偽りは全くなく、レグルスとの会話を心底楽しんでいるようだ。それを周りの生徒達は理解しているため、そっと彼等の周りから離れた。
勿論媚びることは重要なのだが、突き放されることが何よりも彼らにとって恐ろしいことの為、絶対に粗相を買うようなことはしないのだ。
普通人が歩くたびに生徒達が履いているローファーの音が鳴る筈の、黒光りしたケヤキの廊下は、まりとレグルスが同じように黒いローファーを履いて歩いても音は鳴らなかった。
それは、彼女らが貴族の有るべき姿として、音をたてないように歩くことを教育させられたからだった。