バイナリー・ハート 番外編
ランシュは彼女を母だと思った事がない。
だから会いたいと思った事もない。
子どもの頃は局から出る事を禁じられていたし、わざわざ会う機会もなかった。
彼女もランシュの事など忘れているのではないだろうか。
バイオ科学者である彼女には分かっていたはずだ。
あの頃の技術では、作られた体細胞クローンが長生きできないという事を。
あれから二十年経った今、ランシュが生きているとは思っていないだろう。
ランシュの末路を分かっていながら、犯罪に手を染めてまで、彼女がランシュを作った理由は明白だ。
「あの人は、事故で亡くなった夫を蘇らせたかっただけだよ」
ランシュが吐き捨てるように言うと、ユイは意外そうに目を見開いた。
「そんな風に思ってたの?」
「リスクが大きすぎるのに、人が愚かな行動に出るのは、激しい感情に支配された時だもの」