バイナリー・ハート 番外編
彼女は夫の死を受け入れられなかった。
だから、なかった事にしたかったのだ。
ユイは優しい笑みを浮かべ、なぜか慈しむようにランシュを見つめる。
「お母さんがお父さんを愛していた事は、ランシュにも分かっているのね」
「わかるよ。オレも激しい感情に支配されて、法を犯した事があるからね」
刻々と迫り来る死が怖くて、命を長らえるために、ランシュは今の身体を作った。
その時の感情は記憶にない。
けれどそうでなければ、二つの法を犯してまで、違法なヒューマノイド・ロボットを作った理由に説明がつかない。
正しい判断を狂わせる激しい感情。
それがあの人にとって、夫への愛情とその対象を失った失意や絶望である事は、ランシュにも分かる。
だがユイは、まだ他に何かあるとでも言うように、意味ありげな笑みを浮かべている。