バイナリー・ハート 番外編


 ランシュはいくつかの思考回路を停止させ、人工知能を安定させる。
 今ここで身体ごと緊急停止して、正体をばらすわけにはいかない。

 やがて視界が元の色彩を取り戻した時、目の前で心配そうに見つめる彼女と目が合った。


「どうしたの、ランシュ。泣いてるの?」
「え?」


 言われて頬に手をやると、知らぬ間に涙が流れていた。

 彼女はランシュの顔に向かって手を伸ばす。
 けれどその手はガラスの壁に阻まれて止まった。
 手の平をガラスにつけたまま、彼女がすまなそうに言う。


「ごめんね、ランシュ。あなたを辛い目に遭わせる事は分かってた。あの頃の技術じゃ生まれても長くは生きられないって知ってたのに。それでもあの人が生きた証、私とあの人の絆の証、赤ちゃんがどうしても欲しかったの」


 彼女の言葉に、知らずに流れていた涙の意味を知った。
 嬉しかったのだ。

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