バイナリー・ハート 番外編


 ずっと誤解していた。
 自分の存在は、夫を失い狂気に囚われた女の、愚行が生み出した身代わりだと思っていた。

 愛されているのも、求められたのも、自分自身ではなく彼女の夫なのだと。

 身代わりではなく自分自身が、彼女を犯罪に走らせるほどに、望まれて生まれてきた。
 その事実が、いつも死の影に追い立てられていた、あの薄暗い十八年間に光を与える。

 そして、これからも——。

 ランシュはガラス越しに、彼女の手に手の平を重ねた。
 カウンタに置かれたもう片方の手は、彼女を求めるように小窓に伸びていく。
 その手を彼女がそっと握った。

 伝わる温もりに再び涙が溢れ出し、ランシュは俯く。


「ごめんなさい。オレはユイに言われるまで、ずっとあなたの事を忘れていました。
今までほとんど気に留めた事もなかったんです。ごめんなさい」


 こんなにも愛されていたのに、知りもせず、知ろうともせずに。

< 62 / 101 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop