バイナリー・ハート 番外編
彼女の言葉がなんとなく引っかかって、ランシュは顔を上げる。
彼女は微笑んで少し首を傾げた。
「覚えてる? ——わけないわね。ぐずりかけたあなたにこう言ったら、不思議と泣き止んだのよ」
あぁ、そうか。
これで全て謎が解けた。
ランシュは涙を拭いて、クスリと笑った。
「現金だね、オレ」
記憶の奥底に眠っていた、あの柔らかな温もりは、この人の腕の中だったのだ。
改めてその記憶を反芻すると、心の中まで温かさに包まれているような気になった。
多分彼女と過ごした日々は、あの十八年の中で、一番幸せな三日間だったのだろう。
「時間です」
後ろから刑務官が、面会時間の終了を告げた。
ランシュも彼女も、手を退いて席を立つ。
「また会いに来ます」
「えぇ。ありがとう」
彼女は笑って頷くと、刑務官に連れられて扉の向こうに消えて行った。