ファントム・ブラック
「ただいまぁ」
と言ってしまうのは、いつものこと。
誰も居ないとわかっているけど習慣。
それに淋しいから。
すごい惨状になってるであろう部屋を想像して、覚悟しながら照明を点けた。
「あれ?」
何にも散らかっていない。
部屋は、今朝と全く変わらない。
猫は?
ぐるりと部屋を見渡したら、猫はベッドの上で。何事もなかったように澄まし顔してる。置いていったパンやおやつは今朝のまま、全く食べてないらしい。
「なんだ、食べてないの? お腹空かない?」
ちょっとだけかわいそうに思えて、買ってきた缶詰を開けて皿に入れてあげた。ぷんと鼻につく魚の匂いが、部屋いっぱいに広がる。
ところが、猫は知らん顔。
「食べなよ、お腹空いてるんでしょ? いい匂いだよ?」
皿を顔の前に突き出しても、ふいっと顔を逸らしてしまう。
やっぱり可愛くない。
こんな猫を貰ってくれる人なんているのか、ますます不安になってくる。
「ここに置いとくよ」
匂いが堪らないから部屋の隅に置いて、私はさっさと着替えて食事の準備を始めた。
正直なところ、料理は得意じゃない。
いつも簡単なおかずを一品とご飯と、インスタントのお味噌汁。作りたくない時は、コンビニ弁当で済ませてしまう。
今日は野菜炒め。ご飯が炊き上がるまでにお風呂に入ってしまおう。テーブルに盛り付けた野菜炒めのお皿をテーブルに置いて、お風呂へと向かった。