ファントム・ブラック


お風呂から上がっても、猫はベッドの上で丸まったまま動いた形跡はない。部屋の隅に置いた皿もそのままで、食べてもくれないらしい。


「食べてよ、高かったんだから……」


量は少ないのに、猫の缶詰は値段が高い。食べてくれなければ捨てるしかない。代わりに食べることもできないし、非常にもったいない。


だけど何か食べないと、猫だってお腹が空くだろう。


どうしたものかなあ?


炊き上がったご飯をお茶碗に装いながら閃いた。


ご飯なら食べるかも?


「ほら、白いご飯だよ、これなら食べる?」


少しだけ皿に入れて、鼻先に近づけた。
炊きたてのご飯の甘い香りが、猫の鼻先を掠める。


すると猫が、ピクッと鼻を動かした。


おおっ!
と思わず声が漏れそうになった声けど、驚かせちゃいけない。ぐっと我慢して様子を窺う。


鼻先からヒゲ、耳を震わせて目を開けた。真ん丸い金色の目をキラキラさせて前足を伸ばしながら、ゆっくりと起き上がる。ご飯を嗅ぐように鼻を近づけたかと思うと、パクッとかぶりついた。


やったぁ!


心の中で叫んで、ガッツポーズ。
しぐさは可愛げがないのに、ガツガツとした食べっぷりは可愛く見えてくる。
何よりも食べてくれたことが嬉しい。


ぺろりと平らげてしまった猫が、部屋を見渡した。目の前にいる私など、全く視界に入らないようだ。


やがて猫の視線が止まって、ベッドから颯爽と降りていく。何を見つけたんだろう。


「どうしたの?」


思わず呼び止めたけど、振り向くはずもない。

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