ファントム・ブラック
私の目に映るのは、不機嫌な顔の猫と窓の向こうの夜空に輝くお月様。
「猫、あんたの貰い手が見つかったよ。私の新しい恋もね」
と言って、私は猫にキスをした。
猫の口にキスなんて、普通ならできない。猫の方が嫌がってジタバタするけど、構うものか。
すると、携帯電話が鳴った。
田中さんだ……
解放された猫が、ぷるぷると体を振る。
「ごめん、俺の鍵がないんだけどバッグとかに入ってない?」
「え? 鍵?」
「うん、ベルトに付けてたから支えてた時に外れたのかと思って」
田中さんの悲痛な声に、急いでバッグを開いた。でも鍵らしき物は見当たらない。
「いや、見当たらないですよ」
「そっか、今からそっち行っていい?」
唐突な言葉だったけど、何の疑いもなく私は承諾した。部屋を出て階段を覗いたら、田中さんが階段を上がってくる。意外と早かったんだ。
「ごめん、俺ドジだよなぁ」
田中さんは頭を掻きながら、ずんずん歩いてくる。まだ足がふらついてる私の腰に手を回して、部屋へと促した。
「あの、ここで待っててください。バッグ取ってきます」
ドアの前で制止すると、田中さんは回した手を離した。
それなのにドアを開けたら、するっと一緒に中に入ってくる。訳が分からなくて振り返った。
「田中さん?」
問いかけても答えはない。
田中さんは体を強く押し付けて、素早く鍵を閉めた。黙って私を見据えてる田中さんの表情は、さっきまでとは全然違う。
ゆっくりと田中さんの顔が近づいてくる。