ファントム・ブラック
カーテンの隙間から差し込む柔らかな光が、台風の通過を教えてくれている。ぼんやりとした視界に映る景色がなんとなく違う。
枕元に手を伸ばしたけど、そこにあるはずの携帯電話がない。床に落ちたのかと起き上がったら、私の枕の上に猫が寝てる。あまりにも堂々とトグロを巻いて。
携帯電話は猫の向こう側。ちょうど猫の腰辺りに踏み付けられていた。
「何でここにいるの?」
尋ねても答えるはずもなく、猫はちらりと見上げて目を逸らしてしまった。
本当に図々しい。
猫を避けながら携帯電話へと手を伸ばす。
じっと目で追うから怖い……と思っていたら案の定。
「きゃあっ!」
強烈な猫パンチ。
慌てて手を引っ込めたけど手遅れで、手の甲に赤い線が滲んでくる。
さすが猫、素早い動き。
助けてあげたのに、嫌な態度。
右手の甲に絆創膏を二枚も貼るなんて恥ずかしいし、職場でどうしたのか聞かれるに決まってる。
泣きたい気持ちを堪えつつ、着替えて化粧を済ませた。
パンを焼いて、切れっ端を小皿に載せて床に置く。こんがり焼けたパンの匂いに猫は反応もしない。私のベッドの上でそっぽを向いてる。
可愛げがないなぁ……
猫はパンなんて食べないのかもしれないと戸棚の中を見回したけど、食べられそうなものなんて見当たらない。
でも私が家を空けてる間に、お腹を空かせて部屋中を荒らされたら堪らない。食べそうなお菓子をあるだけ小皿のパンの隣に置いた。
「仕事から帰るまで大人しくしときなよ、ご飯買ってきてあげるから」
寝てる猫に向かって念を押しても返事はない。
不安を残しながら、私は家を出た。