ファントム・ブラック
「葉子、おはよ。昨日は大丈夫だった?」
職場に着くと早速、可奈が駆け寄ってきた。
村上可奈(むらかみかな)は私と同じ歳。実家に住んでいるから、台風を怖がることもなかったらしい。清々しい顔をしている。
「大丈夫じゃないよー、寝不足……」
大きな欠伸で返事すると、可奈がくすっと笑う。
「かわいそうに、一人暮らしだから大変だね」
「うん、うるさくて寝られなかったし……」
言いかけて思い出した。
寝られなかった原因は、台風だけじゃない。
「可奈、猫飼わない?」
「は? 何をいきなり?」
あまりにも唐突すぎたのか、可奈は目を真ん丸にしてる。
「あの台風の中、ベランダに猫が迷い込んできたの、だけどアパートだから飼えないし」
アパートだから飼えない、なんて口実。
本当はあんな可愛げのない猫を飼うつもりなんてない。あんな猫だから、あまり勧めたくないんだけど。
「子猫? まさか風で飛ばされてきたの?」
「子猫じゃないけど毛並みはいいから若いと思う。たぶんベランダで、風を避けてたんだと思う」
「ということは、それ、猫にやられたの?」
可奈が私の手を指差した。
手の甲に貼った二枚の絆創膏……こんなことする猫を飼わないかと聞いた私が恥ずかしくなる。
「え……、うん、そうなんだけど」
「ごめん、無理。お母さんが生き物大嫌いだから……、でも誰かいないか聞いておくよ」
「ありがとう」
仕方ない。
他の人に聞いてみよう。
あんな猫だけど、誰か相性の合う人がいるかもしれない。