ファントム・ブラック
それから仕事の合間に、職場の人に聞いて回ったけど猫を貰ってくれるなんて人は見つからない。
それよりも私は、家の中がめちゃくちゃになってるんじゃないか……と気になって仕方ない。おかげで仕事はさほど忙しくなかったのに、どっと疲れてしまった。
「どう? 貰ってくれる人見つかった?」
仕事を終えた帰り道、可奈が尋ねる。
「だめ、やっぱり子猫じゃないし、犬なら……ってみんな言うね」
ふぅと大きく息を吐いた。
見つからなかったら、どうしよう。
「他にも当たってみるから、写メしてよ。それまではバレないように飼うしかないね」
「うん、ありがとう」
顔を上げたら、可奈の向こうに爽やかな笑顔の男性。私たちに気づいて、歩み寄ってくる。
どきんっと胸の鼓動が弾けた。
恥ずかしくて直視できない。
私の表情に気づいて、可奈が振り返る。
「あっ、櫻井先輩、お疲れ様です」
櫻井先輩は私たちより五歳年上の職場の先輩。すらりとした長身で、誠実そうな顔立ちの男前。さらに柔らかな口調と人当たりの良さで、職場でも人気が高い。
「猫の貰い手見つかった?」
柔らかな声が舞い降りる。
もちろん櫻井先輩にも猫のことを尋ねた。尋ねてくれたのは可奈。だけど櫻井先輩は一人暮らしだから飼えないらしい。
「まだです、いろいろ当たったんですが……」
可奈が私の代わりに答えてくれた。
だって私は、緊張してしまって答えられない。
「そうか、僕も心当たりに声かけてみるよ」
「ありがとうございます」
可奈と私は、声を揃えて頭を下げた。
だって、私は恥ずかしくて話せない。
「村上さん、前に話した件だけど……」
ふと櫻井先輩が可奈に歩み寄る。
可奈は思い出したように、はっとして目を見張った。