バージニティVirginity
伊豆 城ヶ崎海岸
駐車場はほぼ一杯で、人出も多かった。
玲と佳孝は車から降り、太陽が照りつける中、人の波にそって海のほうへ歩き出す。
蝉がうるさいほど鳴いていた。
玲はビシューの付いた黒い麦藁帽子を被り、フェンディのサングラスをかける。
歩きながら、ショルダーバッグの中を探り、携帯用の日焼け止めスプレーを取り出すと、素早い手つきでシュッシュッと両腕に振りかけた。
「歩いてるだけで日焼けしちゃうね」
「そうだな」
佳孝はジーンズのポケットに両手の親指を突っ込んだまま、玲を見ずに答えた。
行く手に大きな石碑が見えた。
玲は一瞬立ち止まる。
(あっ…私、ここに来たことがあるかも)
その石碑に見覚えがあった。
佳孝は石碑を一瞥しただけで、先に行ってしまった。
玲は早歩きして佳孝に追いつく。
海が見えてきた。
その先の断崖絶壁とこちら側を結ぶ大きな吊り橋がかかっている。
「あっ……」
その光景を見た玲は、思い出した。
二十歳になったばかりの頃、確かにここに来た。
あの吊り橋を渡った。
「加集さんだ…」
玲は呟く。
それは14年も前の話だ。
一緒に吊り橋を渡ったのは、加集という男だった。
玲が短大を卒業したばかりの頃で、ちょうど、痩せ始めた頃だ。
初めて男と二人きりで出掛けた。
その相手が加集だった。
加集とは付き合っていたわけでもなく、成り行きでそうなった。
(加集さん…懐かしいな)
加集は愉快な男だった。
彼と過ごした日、玲は笑ってばかりいた記憶がある。
今では加集がどんな顔をしていたかぼんやりとしか覚えていないけれど、身体だけは鮮明に覚えていた。
加集は鍛え上げられた逞しい肉体を持っていた。
背はあまり高くなかったが、盛り上がった肩と胸の筋肉は加集を大きく見せていた。
まだ純情だった玲は恥ずかしくて、その身体をまともに直視出来なかった。
「玲、行くよ」
佳孝に促されて、吊り橋を渡りかけた玲は、立ちすくんだ。
(高い……)
思わず息を飲む。
崖と崖を結ぶその吊り橋は、海風を受けてギシギシと音を立てて揺れ、その遥か下には荒れ狂う波が絶壁に叩きつけられ飛沫をあげていた。
佳孝は吊り橋の中程にいた。
「待ってよ…」
玲は、手摺代わりのワイヤーロープに捕まり、恐る恐る足を踏み出す。
14年前は、どうやってこの橋を渡ったのだろう。
こうやっておっかなびっくり進んでいってのだろうか。
覚えていなかった。
「佳孝…」
玲の声は、ひゅるひゅると音を立てる海風にかき消される。
佳孝は眼下に迫る荒波に見入っていて、玲が怖がっていることなど、気にも留めなかった。
玲と佳孝は車から降り、太陽が照りつける中、人の波にそって海のほうへ歩き出す。
蝉がうるさいほど鳴いていた。
玲はビシューの付いた黒い麦藁帽子を被り、フェンディのサングラスをかける。
歩きながら、ショルダーバッグの中を探り、携帯用の日焼け止めスプレーを取り出すと、素早い手つきでシュッシュッと両腕に振りかけた。
「歩いてるだけで日焼けしちゃうね」
「そうだな」
佳孝はジーンズのポケットに両手の親指を突っ込んだまま、玲を見ずに答えた。
行く手に大きな石碑が見えた。
玲は一瞬立ち止まる。
(あっ…私、ここに来たことがあるかも)
その石碑に見覚えがあった。
佳孝は石碑を一瞥しただけで、先に行ってしまった。
玲は早歩きして佳孝に追いつく。
海が見えてきた。
その先の断崖絶壁とこちら側を結ぶ大きな吊り橋がかかっている。
「あっ……」
その光景を見た玲は、思い出した。
二十歳になったばかりの頃、確かにここに来た。
あの吊り橋を渡った。
「加集さんだ…」
玲は呟く。
それは14年も前の話だ。
一緒に吊り橋を渡ったのは、加集という男だった。
玲が短大を卒業したばかりの頃で、ちょうど、痩せ始めた頃だ。
初めて男と二人きりで出掛けた。
その相手が加集だった。
加集とは付き合っていたわけでもなく、成り行きでそうなった。
(加集さん…懐かしいな)
加集は愉快な男だった。
彼と過ごした日、玲は笑ってばかりいた記憶がある。
今では加集がどんな顔をしていたかぼんやりとしか覚えていないけれど、身体だけは鮮明に覚えていた。
加集は鍛え上げられた逞しい肉体を持っていた。
背はあまり高くなかったが、盛り上がった肩と胸の筋肉は加集を大きく見せていた。
まだ純情だった玲は恥ずかしくて、その身体をまともに直視出来なかった。
「玲、行くよ」
佳孝に促されて、吊り橋を渡りかけた玲は、立ちすくんだ。
(高い……)
思わず息を飲む。
崖と崖を結ぶその吊り橋は、海風を受けてギシギシと音を立てて揺れ、その遥か下には荒れ狂う波が絶壁に叩きつけられ飛沫をあげていた。
佳孝は吊り橋の中程にいた。
「待ってよ…」
玲は、手摺代わりのワイヤーロープに捕まり、恐る恐る足を踏み出す。
14年前は、どうやってこの橋を渡ったのだろう。
こうやっておっかなびっくり進んでいってのだろうか。
覚えていなかった。
「佳孝…」
玲の声は、ひゅるひゅると音を立てる海風にかき消される。
佳孝は眼下に迫る荒波に見入っていて、玲が怖がっていることなど、気にも留めなかった。