バージニティVirginity
キスマーク





(……やだ、怖い…‼)


玲は両手で顔を覆い、指の隙間からそれを見ていた。

白装束に黒っぽい帯を巻いた男二人が
喧嘩をしていた。

ダウンライトが当たる中、男たちは構えて向かい合い、容赦なく蹴り打ち合っていた。
汗が飛び散っていた。

一定の間隔を保ちつつ、二人の動きは素早くリズミカルだった。

男達の間に黒服の男が入り込んだ。

何かを言っている…
喧嘩の仲裁に入ったのだろうか。


玲は気付いた。

これは喧嘩などではない。
空手の試合なのだ。
白装束に見えたのは、空手の道着だった。
黒服の男は審判員だ。

二人はしばらく打ち合っていたが、短髪の男の高い位置の回し蹴りが決まり、もう一人の男は床に倒れた。

回し蹴りを決めた男は腰に手を置き、肩で息をしていた。

「あっ!」
玲は声を上げた。

短髪の男は加集だった。

「加集さん、やった!」

玲は叫んでいた。
嬉しくて、彼のもとへ急いだ。

加集は玲に気付くと玲の方に近づき、握手を求めるように右手を差し出した。

玲も右手を差し出し、加集の手を握った。
加集の手は熱くもなく、冷たくもなかった。

加集はにこっと笑い、言った。


「玲ちゃんは男見る目ないから、
離婚しそうだな」

玲はずっこけた。
加集らしいジョークだとわかってはいるけれど。

(久しぶりに会ったのに、そんなこと言うなんてヒドーイ…!)
抗議しようと思ったが声が出なかった。




夢から覚めると、小さく人の笑い声が聞こえ、テレビがついている、とすぐに
わかった。

玲がソファから起き上がると、隣のリビングで佳孝がテレビを見ていた。


「帰ってたんだ、おかえり。
今、何時?」

玲がそういいながら、リビングの方へ行くと、佳孝は何も答えず、ダイニングテーブルに頬杖をついたまま、テレビから視線を動かさなかった。

佳孝が不機嫌である、とすぐにわかった。時計を見ると午後8時だった。


「どうしたの?」

社員旅行中、何かあったのだろうか。
玲は思った。

佳孝はゆっくりと玲の顔を見た。
その目には怒りが込められていた。

思いがけないことに玲はたじろいだ。

佳孝は玲の首筋を指差す。

「それ、キスマークだろ?」

「あっ…」

咄嗟に玲は手でキスマークを隠した。
あまりにも急に指摘されて、うまく言い訳が出来なかった。

「俺が昔、付けたことあったよな。付き合い始めた頃。そんな風になってた」

「違う…」

なんとかこの状況を変えようと、玲は掠れた声で何か言おうとした。

いきなり、佳孝が立ち上がり、左手でテーブルをどん!と叩いた。
彼の目には、燃えるような怒りの色が込められていた。

「違うって、何が?」

佳孝がこんなに怒っているのを玲は初めて見た。
どうすればいいのかわからなかった。

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