バージニティVirginity






1週間後。

( あれ….?)

スイミングスクールのフリータイムに二度め、訪れた玲がプールサイドに出るとプールには誰もいなかった。



「こんにちはー!」

プールサイドの向こう側のベンチに腰掛けていた監視員が立ち上がり、玲のほうを向いて、大きな声で挨拶した。

「…こんにちは」

玲も頭を下げる。

この人、先週もいた、と思った。
逞しい身体が印象にのこっていた。

先週はスパッツタイプの水着だったけれど、今日はビキニタイプの競泳用水着だった。大腿の隆々とした筋肉が剥き出しになっている。

男は、人懐こい性格のようで柔和な笑顔で玲の方に近づきながら、大きな声で訊いた。

「雪、降ってますかあ?」

「え?」

そういえば、朝のワイドショーで「東京都、神奈川県には雪の予報が出ています」と女性キャスターが言っていたのを思い出した。

確かに耳が痛くなるくらい、外は寒かった。
こんな日にプールに行こうと思う人間は珍しいかもしれない。


「まだ降ってないですう」

玲も大きめな声で答えた。

監視員は玲のそばまで来るとにこにこしながら言った。

「志沢コーチの妹さんでしょ?
先週も来てましたよね」

裸に近い男が至近距離にいることに玲は焦り、赤面してしまった。

下を向きながら「はい」と答えた。

彼はそんな玲を全く気にせず、話し続けた。

「志沢コーチが妹がフリータイムに来てるって言ってたから。
あ、俺、加集コウセイっていいます。
加集は加藤の加に集合の集です。
珍しいでしょ?」

「そう…ですね」
玲は俯きながら、やっと答えた。

「出身は新潟なんだけど、新潟にも全然いないんだよね。
徳島にはいるみたいです。
俺は行ったことないですけど」

加集と名乗る男は機嫌良く言った。

「えと、妹さん、ずっと小田原?」

「はい」
心臓がバクバクする。
逃げ出したかったが、そうもいかなかった。

「当たり前か。志沢コーチもずっと小田原だって言ってたもんな。
バカだなあ、俺!」

加集は腰に両手を置き、アッハハハと大きな声で笑った。

玲は呆気に取られた。

(面白い人…)

子供のような加集に玲はつい吹き出してしまった。



誰もいない静かなプールで玲は自由に泳ぎを楽しんだ。

高校時代はクロールで25m泳げたのに、今はあともう少しのところで足が底についてしまう。

何度もやってもうまくいかない。

少し疲れを感じ、プールの中で立ち止まると、自然に目で加集を探している自分に気がついた。


(やだ、なんで気になるの…)

加集はゴーグルを付け、何時の間にかプールの中に入っていて、向こうのほうでコースロープを外し、片付けていた。

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