バージニティVirginity
「あ!社長。お疲れ様です」
玲は営業スマイルを浮かべ、お辞儀をする。
がっちりした体型で、鼻の下に髭をたくわえたその男を覚えていた。
桜田進次郎は、設備工事を請け負う会社を経営する四十三歳の若手社長だった。
社員はわずか二十人ほどの小さな会社だが、非常に業績が良く、桜田は敏腕経営者と評価され、とても羽振りがよかった。
先週、先輩の清水と共に、桜田の会社に営業でいったばかりだった。
身の置き所がない思いの中、桜田が自分のことを覚えていて、声を掛けてくれたことが嬉しかった。
「お一人でいらっしゃったんですか?」
玲が聞くと
「今日は午後から急に時間が空いてさ。
そういや展示会やってたなって思い出して」
桜田はにこやかに言った。
(なんとなく雰囲気が加集さんに似ているかも…)
玲は桜田に親しみを感じた。
体にピッタリとした赤いワンピースを着
た玲を桜田は下から上までじっと見た。
「その服、いいじゃない」
桜田は玲の肩をポンポン、と軽く叩いた。
そして、ジャケットの内ポケットから、名刺入れを取り出すと、自分の名刺を玲に手渡した。
「展示会は何時に終わる?寿司でも食いに行こう。終わったら俺の携帯に電話な」
前からしていた約束のように桜田は言った。
桜田は遊び慣れた男だった。
女の扱いに丈けていた。
寿司屋のカウンターで桜田は冷やの日本酒を飲みながら、
「俺は、海釣りが趣味だから、南房総に別荘と小さいけど船を買ったんだ。来週、行こう」
と玲を誘った。
玲は「はい!」と笑顔で答えた。
仕事の話の延長のような答え方だった。
帰りのタクシーの後部座席で、ほろ酔いの玲は桜田とキスを交わした。
キスをしたのは、初めてだった。
意外となんでもないことなんだ……
唇を離した時、玲は思った。
玲の肩に腕を廻し、桜田は独り言のように言った。
「玲ちゃん抱けたら、俺、死んでもいいわ…」
玲の全身に鳥肌が立った。
桜田の横顔を見る。
自分をそんなに欲しがる男がいることに感動した。
玲は自分の身体を桜田に押し付け、彼の肩に頬を寄せた。
二度目に逢った時、桜田の南房総の別荘へ行った。
桜田は濃紺のBMWで玲を迎えにきた。
男女が夜を共にすれば何が起こるかは分かっていた。
同じ年頃の女はもうとっくに経験している。
桜田ならいい、と思った。
恋とは違うとわかっていた。
好奇心だった。