バージニティVirginity
それでも、桜田が離婚などしないということが薄々分かってきた。
玲は桜田と別れる頃合いを図り始める。
言い寄ってくる同期の男がいた。
子供っぽいけれど、悪くない。
晩秋の静かな夜だった。
南房総の別荘のバーカウンターで、情事を終えた二人は酒を飲んでいた。
「玲が嫌だったら、仕方ないんだけど」
酒に酔った桜田が、そう前置きした後、話し始めた。
「鎌田社長がさ、言ってたんだけど」
玲に媚びるような目をする。
「何?」
玲は遠慮なしに紫煙をふぅーっと桜田の方へ吐いた。
鎌田とは、桜田の遊び仲間の一人で、小さな内装工事会社の社長だった。
玲も知っている。
行きつけのスナックで度々一緒になった。
夜なのにカッコつけてサングラスを掛けるような遊び人風の男だ。
「あの人がね、俺と玲と社長の三人でプレイしないかって」
「……えっ?三人で?」
玲は驚き、何も言えなくなった。
「玲が泊まってみたいホテルがあれば、多少高くても、そこ取ってくれるって。社長は、玲みたいな娘が好きなんだよ」
「…私みたいな娘って?」
「巨乳の娘。
あの人、前々から言ってたんだよ。一度、玲のお乳、直に拝んでみたいって」
桜田は指の間に挟んだ火の点いていない煙草で、玲の胸を指した。
「嫌よ。そんなの変態じゃない」
玲はそっぽを向いた。
「そっか……なら、いいよ」
桜田は露骨につまらなそうな顔をした。
ゴールドのシガレットケースから、
新しい煙草を取り出し、玲は思う。
鎌田に話を持ちかけたのは、桜田の方だろう…と。
メンソールを深く吸い込み、玲は物憂げに細く長く煙を吐く。
初めから愛なんかないことはわかっていた。それでもしがみついていた。
初めての男から、他の男と寝てくれと頼まれた衝撃は大きかった。
年が明け、ほどなくしてから桜田とは別れた。
BMWの助手席で玲は言った。
「奥さんと別れてくれないから辛いの…」
本当はどうでも良かった。
「…わかった」
苦しげに桜田は溜息をついた。そして、形振り構わずに言った。
「最後にもう一度だけ抱かせてくれないか?思い出にしたいから」
ゆっくりと玲は首を横に振った。
「だめよ。もっと辛くなるから」
俯いて、ベビーピンクのフレンチネイルの指先で目頭を押さえ、小さく鼻を啜る。
「俺、玲の最初の男になれて、最高に幸せだったよ。生涯一度のいい想い出だよ」
しんみりと桜田は言った。
「私もよ。桜田さんで良かったって思ってる」
本当はそれもどうでも良かった。
玲の中では、もうすべてが終わっていた。
それよりも、早く帰りたかった。
洋服を選び、髪をホットカーラーで巻き髪にしたかった。
夜、付き合い始めたばかりの同期の男とタイ料理の店に行く約束をしていた。