バージニティVirginity
指輪と涙



玲は夢から覚めた。

カーテンの隙間から、朝の陽の光が漏れていた。

すぐに隣のベッドを見る。

佳孝のベッドはきれいに整えられたままだった。


佳孝の夢を見たのに、印象に残ったのは、加集の笑顔だった。



「加集さん……」

頬の涙を手のひらで拭いながら、玲は呟いた。


加集の写真を見つけた日から、なぜか彼と過ごした時間が思い出され、逢いたいという気持ちが玲の中で日ごとに募っていく。


佳孝はもう帰ってこないかもしれない。

見捨てられてしまったのかもしれない。


不安と淋しさに押しつぶされそうな毎日が、加集を恋しいと思う気持ちを増幅させていた。


加集は玲より5歳上だから、今、39歳のはずだ。

多分、結婚し子供もいることだろう。

逢いたいけれど、今更連絡などしても迷惑に違いない。
もうそれぞれの人生を歩いている。


それにもっと大事なのは、
『もうこれ以上、佳孝を傷つけてはならない』という事だ。


佳孝はかつての恋人と再び恋に落ちた。

しかし、一線は越えずに踏み止まった。玲という伴侶がいるから。


玲は傷ついたからと言って理性を捨て、豊やサトルと欲望のままに遊んでしまった。
今は反省し、赦しを乞う身だ。


玲は加集との再会を諦めようとしていた。


(でも……)

玲はすぐに上の空になる。

家で、食器を洗っている時でも。

ラウンジで、客が帰ったあとのコーヒーカップを片付けている時でも。


加集が今、どうしているのかとぼんやり考えている。


加集は今もカナダで空手を教え、元気にやっているのだろうか。

もしかしたら、日本に帰国しているのかもしれない。


加集が日本にいた時、どこに住んでいたのか詳しく知らなかった。



『自分の所属する空手道場は、小田原駅に程近いビルの中にあるんだ』

昔、二人で城ヶ崎海岸にドライブに行った時、加集がそう言っていた。

そういえば、旅行会社のテナントが入った雑居ビルの二階に、『空手』と太い文字で書かれた看板が出ているのを思い出した。

実家に帰った時、車でたまにその前を通り過ぎることがあった。


そこで訊けば、加集のことを知っているいる人物がいるかもしれない。


逢わなくてもいい。

元気でいる。

…………それだけ分かればいい。



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