バージニティVirginity
「ちょっと待ってて下さい」
そういうと、男はさっき出てきた扉を開けて、また、中へ入って行った。
しばらくの後、先ほどの若い男は、40歳位の黒いトレーニングウェアを着た短髪の男を伴い、また玲の前に現れた。
「どうも。僕は加集の友人で、同志でもある高畑と言います。加集とは学生の頃、新潟の道場にいる時からの付き合いでした」
年嵩の男は神妙に言った。
「そうですか。加集さんの古いお友達なんですね…加集さん、お元気ですか?」
そういえば、加集は新潟出身だと言っていた。
玲は目の前の男が加集を知っていることで、親しみを感じ、笑みを浮かべた。
「実は…」
高畑という男は目を伏せ、黙り込んだ。
隣にいる若い男も同じように。
「なんですか……?」
言いようのない不吉な予感が玲を襲う。
高畑は顔を上げ、思い切ったように言った。
「加集は死んだんです。カナダで交通事故に遭ったんです。もう、4年くらい前の話です」
「えっ…」
その言葉をきいた途端、目の前が暗くなり、玲の体はぐらりと揺らいだ。
とっさに目の前のカウンターに両手をついた。
かしゅうはしんだんです。
かしゅうはしんだんです。
…しんだんです。
玲は頭の中で反芻した。
それは今まで生きてきた中で聞いたことがない、とてつも無く禍々しい言葉だった。
「嘘でしょう……」
信じられない。
痺れるように全身が総毛立つ。
「僕たちも未だに信じられない気持ちです。加集はまだ三十六でした。あとひと月で日本に帰国するという矢先の出来事だったんです」
高畑の目は赤く充血していた。
玲の足から力が抜けていき、座り込んでしまいそうになるのを、カウンターについた両手で必死に支える。
玲の目から一粒の涙がこぼれ、ほおを伝った。
嗚咽がこみ上げてくる。
(ダメ……泣いたら。高畑さんに聞きたいことがある…泣いたら、喋れなくなってしまう…)
「交通事故って…どんな事故だったんですか?」
右手で口元を押さえ、嗚咽を堪えながら、震える声で訊く。
高畑は苦しそうな顔で俯いた。
「加集はハイウェイで多重衝突事故に巻き込まれたんです。すぐに病院に搬送されたんですけど、既に心肺停止状態で、処置中に亡くなったそうです。
彼の他にも犠牲者が多数出た悲惨な大事故だったと聞きました」
多重衝突事故。心肺停止…
処置中に亡くなった、悲惨な大事故……
高畑の言葉が、玲の頭の中で黒い渦を巻く。
現実なのか……
これらが全て加集の身に起きたことなのか……
快活で生命力に溢れたあの男に。
俯いた高畑の唇が悲しみで歪んだ。