バージニティVirginity
それを見た瞬間、玲の目からは堰を切ったように涙が流れ出した。
急いで、バッグの中からハンカチを取り出し、涙を押さえる。
しかし、我慢し切れず嗚咽が漏れてしまう。
目の前にいる唯一の加集との繋がりである高畑に、加集への想いを伝えなければならないのに。
そして、加集の最後を聞かなければ……
「…四年も前だなんて。私、何も知らなくて…。カナダで元気に空手をやっていると思い込んでいた……」
玲の声は嗚咽に紛れ、語尾は殆ど聞き取れないほど掠れていた。
玲を少しでも元気付けるように、しっかりした口調で高畑は言った。
「加集はとても元気でした。時々、電話で話してたんです。事故の前日にも、国際電話で話しましたから。向こうでの役目が一段落して、日本に帰るのを楽しみにしてました」
玲は両手で顔を覆った。
しっかりしなくては……
この人たちに伝えなくては。
加集がくれた想い出を。
玲は涙に濡れた顔を上げる。
しゃくりあげながら、独白のように目の前にいる男たちに語りかけた。
「 ……私、十四年前に加集さんと城ヶ崎海岸に車でドライブに行ったんです。
付き合っていたわけじゃないんですけど。すごく楽しくて、その日は笑ってばかりいたんです。
加集さんが一時帰国した時、誘ってくれて試合を見に行ったんです。
私、空手の試合って初めて観ました。
帰りに加集さんにトロントに遊びに来てって、待ってるって言われたのに、行かなくて……
絵葉書もくれたのに返事も出さなくて…」
若い男は眉根を寄せ、何度か頷き、玲の話を聞いていた。
高畑は悲痛な面持ちでいたが、玲の言葉が途切れると、慰めるように言った。
「そうですか……僕は加集を訪ねてトロントに行ったことがあるんです。
加集と向こうの練習生たちとナイアガラの滝を見に行きました。
加集は日本から知り合いが来ると、喜んで観光案内役をやっていましたね。
カナダ人の奥さんも紹介してもらいました。」
『奥さん』
軽い衝撃が玲の中に走り、涙が一瞬止まる。
加集は結婚していた。
三十過ぎた男だ。
結婚していても不思議ではない。
カナダ人の妻。
(加集さんらしい……)
なぜか玲はそう思った。
衝撃はすぐに安堵に変わる。
加集はカナダで恋に落ち、妻を娶っていた。
幸せな時期が確かにあった。
玲が佳孝と結婚したように。