バージニティVirginity
トロント行の飛行機の搭乗を促す空港アナウンスが流れた。
玲はフライトの案内表示板を見上げる。
「玲、身体に気をつけて」
佳孝は成田空港まで、車で玲を送ってくれた。
セキュリティチェックカウンターへ向かおうと立ち上がった玲に、心配そうな顔で訊く。
「本当に1人で大丈夫なの?」
「うん」と玲はうなづき、
「佳孝もちゃんと、ご飯食べてね」と続けたけれど、内心、どきどきしていた。
海外は新婚旅行のニューカレドニア以来。
ニューカレドニアにはツアーで行ったから、佳孝と一緒に添乗員のあとをついて行けば良かった。
生まれて初めての一人旅。
しかも行き先はカナダ、トロント。
ニューカレドニアは夢のように美しい島だった。
トロントの街もきっと同じくらい素晴らしいだろう。
佳孝は春休み間近のこの時期、長い休暇がとれなかった。
(大丈夫……)
玲は自分に言い聞かせた。
向こうに着いたら、トロントの道場の関係者が空港で玲を待っている手はずになっていた。
トロントとの時差は十三時間。
眠れるかはわからないけれど、とにかく寝よう。
十二時間近いフライトだ。
そしたら、早朝には着いている。
加集の命日にトロントの道場では、練習生を含め、所縁のあるものたちがトロント郊外にある加集の墓を訪れる、と言う。
もちろん、加集の妻も。
玲はどうしても参加したかった。
加集に逢いたかった。
ーーエミリアさんは、日本に留学していたから、日本語ペラペラなんですよ。
高畑が言った。
ーー僕の分まで、加集の墓参り頼みます。
「向こうに着いたら、電話して。
何時でも構わないから」
佳孝が玲の腰に両腕を廻し、耳元で囁く。
「ありがとう。佳孝。
私のわがまま聞いてくれて 」
玲は佳孝に思い切りしがみついた。
なぜだが、涙が込み上げてくる。
少しの間、離れるだけなのに。
涙が玲の頬を伝い、佳孝のウールのジャケットを濡らした。
佳孝の背中に廻された玲の左手薬指には、真新しいプラチナのリングが光っていた。