バージニティVirginity
背が高いために、窮屈そうに教習車に乗り込んで来た佳孝の、男の癖に茶色がかったサラサラの髪。

色白の顔。

そして、切れ長の目。

その目がよかった。
とても思慮深そうに見えた。


教え方もソフトで分かりやすく、
今まで「嫌味なオジサン」教官にしか当たらなかった玲は、もう佳孝にしか教わりたくなくなった。

教習中、玲はずっとどうしたら、佳孝を落とせるのか考えていた。


そして、教習が終わり、教習カードの合格の欄に『南沢』という判を押してくれた佳孝に

『南沢教官て彼女とか、奥さんいるんですか?』といきなり聞いた。

佳孝はクスッと笑い、
『なんで、そんなこと聞くんですか?』と問い返してきた。

玲はその笑顔と答え方が気に入った。

直感で(これはイケる…!)と思った。

玲は素早く勝負に出る。

自分の携帯の番号を手帳に書き付け、そのページを破って佳孝に手渡した。

『電話してくれたら嬉しいな』

『…すごく積極的なんだね』
佳孝は、驚いたように目を丸くし、玲をじっと見た。

そして『ありがとう』と言うと、背広の内ポケットに玲のメモをしまった。



佳孝は、自分の仕事が終わるとすぐに玲に電話してきた。

『今から、教習所出るから、ちょっと会おうか?』

仕事が終わった開放感からか、佳孝の声はリラックスしていて、友達に電話しているかのように気安かった。

『行く!』と答えて電話を切った玲は、
あまりの嬉しさに『やったあ〜!』
と叫び、ガッツポーズを作った。

玲の射った矢は、見事命中した。

夕飯の片付けもそこそこに急いでシャワーを浴びて、メイクをし直した。

髪にヘアアイロンを当て、巻き髪を作った。前髪はポンパドールにしてピンで留めた。

こうすると玲の額がとても綺麗なのがよくわかる。


『車は黒い×××だよ』

電話で佳孝は車種を言っていたが、玲にはよく聞こえなかった。

車種なんて、どうでもいい。
とにかく佳孝がいる車に乗ればいい。

リビングでテレビを見ていた母親には
『ちょっと出掛けるね!』
とだけ言って家を出た。


佳孝は、玲の家の近くまで、車で来てくれた。

玲の家の近くに停まっていた黒い車ーーー
それは CR-Zという車だと後でわかったーーは玲が前を横切ると、小さくクラクションを鳴らした。

運転席にいた佳孝は、手振りで車に乗るように促し、玲は助手席側のドアを開けて車に乗り込んだ。


『こんばんわ!』玲が言うと、

『こんばんわ』
佳孝は、照れたように笑い、頭を下げた。

カジュアルなチェックのシャツとチノパンの佳孝は、また教習所のユニフォームの背広とは違う魅力があり、玲はすっかり舞い上がってしまった。


近場をドライブしながらお互いのことを話した。


自動車教習所教官の南沢佳孝は、29歳で、妻も彼女もいない、と言った。

教官は、二年前からやっていて、それまではパッケージのデザインの仕事や宅配便のドライバーをやっていたと言った。


『いろんな仕事にチャレンジするんだね。』
玲が笑いながら言った。

『俺、飽きっぽいんだよね』

そんな風に自嘲気味に言うけれど、佳孝は誠実な男に見えた。

彼女いないなら、私とデートしようよ、と玲は言い、週末にみなとみらいに映画を見に行く約束をした。

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