全てを失った二人の物語
過去と思い
〜♂〜
過去を思い出すなんて、此処最近無かったことなのに。
珍しく思い出した理由は、自分も歳を取ったからなのか。
家を飛び出し、もう十五年程経った筈だ。
そりゃ、歳も取るはず。
14の時に家を出て、沢山の経験をした。
思うことは山ほどあるけど、まず一つ。
所詮人間は、ヒトを位で差別する。
意識的じゃなくても無意識的にも、だ。
例えば、ホームレスや物乞いを見れば、嫌そうに眉を顰めたり、ひそひそと悪口を言う。
そうでなくても、無意識に自分より卑下して見ている。
人間で有る限り、それは避けられない事だろう。
現にオレだってそうだろうから。
別にそれは悪い事だとは思わない。
ただ腹が立つだけだ。
自身より上の奴らにはヘコヘコと媚びを売り、下の奴らには偉そうにする。
上の奴らに媚びを売るなんて、それだけは、絶対にしない。
何があっても。
下の奴らにも偉そうにするならば、上の奴らにも偉そうにしろ。
出来ないなら、何もするな。
・・・と、まあイロイロ考えてたわけだが。
牢獄に始めて入ったからだろうか?そんな当たり前のことを考えたのは。
牢獄に入るなんて、“あの家”の長男だった頃ならば、考えられない事だ。
・・・よそう。
オレは、
シリウス・フリーダム。
あの家とは関係無い。
横の牢獄でスヤスヤと眠る女のせいか。
過去を思い出したのは。
オレが、あの家に居たときで唯一の幸せな思い出と似ていたからか。
まり、と呼ばれた隣の牢獄でスヤスヤ眠る女のキスと、オレのファーストキスが似ていたからか。
初恋。
あの家に居て良かったと思えたのは、初恋を知れた事。
それだけだ。
彼女の名前も顔も覚えていない。
ただ、震える声が。
『貴方は、誰?
妖精さん?天使?それとも、悪魔?』
鈴を転がした様な声が。
オレの脳裏から離れること無く、思い出させる。
あの少女も、また。
名家の鎖に縛られた一人だ。
今、元気にしているのだろうか。
…そんな筈無い。
あそこに居る限り、大名家に居る限り、人並みの幸せなんて感じること無いんだから。
鉄格子から、真っ暗な牢獄に刺しこむ眩しい朝日の光。
目を細めてそれを見つめた。
朝が来た。
スヤスヤと眠る少女を、そろそろ起こそうか。