僕らはただ、恋がしたい
それから数分歩いた先に大きなビルが見えてきて、それを視界にとらえた俺は小さなため息をついて少し姿勢を正した。
周りの人間がだんだんと密集し、ビルへと入っていく。
それぞれ社員証を取り出しそれを認証ゲートへかざし流れるように通り抜けていく社員たちの中、ビルの中に足を踏み入れた俺はゲートに向かう人の列から離脱し受付へと向かう。
少数のテーブルとイスが置かれた休憩スペース並びに商談スペースの横、会社の顔とされる受付。
そこにいる女性2人のうち、1人が俺を見た途端すぐ様隣にいるもう1人の女性に何か言葉をかけた。
うつむいていたその女性はパッと顔をあげ、俺と目が合うなりふんわりと上品な笑みを浮かべる。
前髪をセンターで分け、肩まで伸びたふんわりとした黒髪がかすかに揺れた。
「おはようございます、陽季さん」
「…はよ」
俺の目を見てあいさつをした女性はカウンターの下からホルダーに入った俺の社員証を取り出し両手で俺へ差し出す。
白く細い腕にはシンプルながらもブランドもののブレスレットがシャラッと音を立て、爪にほどこしている落ち着いたネイルは昨日見たものとは違う。
別れた後にネイルサロンにでも行ったのかとぼんやり思いながら細くキレイな指に触れないよう社員証を受け取った。
「いってらっしゃい」
「……いってきます」
優しく見送る女性にそっけなく返事をし、すぐさま踵をかえし列へ戻る。
スムーズな列の流れに合わせてゲートを通り抜け、エレベーターホールへと向かう。
終始エレベーターが到着した音が鳴り続くその場所で少し立ち止まり、何を思ったか俺はそこから受付へと視線を向けた。
普段なら絶対そんなことはしないのに、やっぱり参っている証拠だ。
立ち止まってからエレベーターに乗るまでのほんの数秒。
茅沙の横顔を見つめていた。