樹海を泳ぐイルカ
「あのね、彼方」
ジンベエザメの前に立ち止まる恋人や家族の背中を見つめながら透子は言った。
柔らかい声で。
「あたしの目はママ譲りであたしの鼻はパパ譲りなの」
僕は透子の大きくて少しつり上がった目と、整った高い鼻をみた。
透子の横顔は綺麗だ。
「あたしを殴るパパの顔もあたしを怒鳴るママの声も頭の中から消えたことはないけれど、なんでかなぁ……?怖くなっても嫌いになったことはないんだよ」
恋人や家族の静かな喋り声が響く。
「あたしが生まれたせいでパパとママは不幸になったのに、死んじゃえない自分が嫌だった。唯一優しくしてくれるお兄ちゃんまで苦しめてるのは他でもないあたしだと思うと、息ができなくなった」
僕はただ黙って透子の声に耳をすませた。
聞こえてくる、柔らかな声に。