樹海を泳ぐイルカ
僕はコーヒーのなかにミルクを注ぎゆっくりと混ぜる母さんの手をトーストをかじりながら眺めた。



これが僕を女手ひとつで育ててきたた手だ。



僕が生まれる前に母さんは水商売をやっていて、医者である父さんに出会った。

そして許されない恋をする。

意気投合したすえに2人は付き合いはじめ、やがて子供ができた。

言うまでもないけどそれが僕。


結婚して幸せな家庭を築き上げていくはずが母さんの「水商売」という肩書きを父さんの両親は許さなかった。

母さんは父さんと出会う前にすでに親と勘当している。

一方父さんはエリートのなかのエリートを歩いてきた人だ。


2人は悩みぬいたすえに駆け落ちした。


それでも母さんは父さんの両親に認めてもらうために僕に異常なほど教育熱心になった。

だけど僕が小学校三年生にあがるころ父さんは事故で死んでしまった。

当時の母さんの悲痛な泣き声は今でも耳に張り付いて離れない。


母さんの震える背中をみて思った。



父さんのようにならなくては、と。


母さんも父さんが死んでからさらに僕に教育をたたきこんだ。

「父さんのようなひとになりなさい」

その言葉が僕の全てだ。
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