樹海を泳ぐイルカ
ぎこちない月明かりの下、田舎道をトボトボ歩く僕はいつにもまして貧弱にみえるだろう。
この腕で抱いた透子は酷く細かった。
力をいれると、壊れそうなほど。
いっそ壊してしまいたい、と思った僕がいたことは否定できない。
こんな田舎町でも今日もまた誰かが泣いている。
それは僕の知らない誰かだったり
僕の知っている誰かだったり。
たくさんの僕の知らない1日があって
たくさんの僕の知らない過去がある。
当たり前のことなんだ、と思う。
たまたま樹海にいただけだ。
その子が、たまたま僕に声をかけてきて
たまたま僕はその子に恋をして……
その子にはたまたま愛するひとがいた。
それはたまたま兄であって……
当たり前なんだ。
透子に僕の知らない過去があるのは。
生ぬるい風が僕の肌を撫でて消えた。
僕は全身の力がぬけて、地面に這いつくばるようなカタチになって
泣いた。
声にならない声を涙にして。