花街妖恋
 はっと振り向いた瞬間、おさんは九郎助の手を振り切って駆け去った。
 ち、とおさんの駆け去った後を見、舌打ちしたものの、それどころではない。
 九郎助は燃え上がる華龍楼に飛び込んだ。

「他の遊女は皆逃げたが、玉菊だけが動けぬ」

 タツが九郎助の後ろから、泣き出しそうな顔で言う。
 爆ぜる火の粉を払いながら、九郎助は奥に進んだ。

「主、これ以上は危険だ。後はわしに任せて、お主は逃げよ」

 二階に上がる階段の前で、九郎助はタツを振り返った。
 位の高い遊女である玉菊の部屋は、二階の奥だ。

 今は何とか行けそうだが、そう間を置かず、この場も炎に包まれるだろう。
 ただのヒトであるタツは、生きて出られるとも思えない。
 まして老人だ。

「し、しかし。九郎助、お前・・・・・・」

「玉菊は、必ず助けよう。わしはあの者に助けられたのだからな」

 きっぱりと言う九郎助に、タツは思わず呑まれた。
 単なる行き倒れの男衆ではない、ただならぬ雰囲気。
 神々しささえ感じる。
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