花街妖恋
 玉菊は、記憶を辿った。

 そういえば、気を失う直前、何かふわふわとしたものに抱かれた。
 獣の毛皮のような。

 人の身体を包むほどの毛皮を持ったモノなど、実際に傍にいたら恐ろしいだろうに、恐怖心は全くなかった。
 酷く安心し、何か酷く・・・・・・切なかった。

 玉菊は、きゅっと拳を握りしめた。

---あの獣は・・・・・・九郎助様だったのだ---

 玉菊の目の前で、九郎助は大きな狐に変わったのだ。
 闇のように真っ黒な毛並みの、世にあらざる大きさの狐。

「私も、そう思います」

 俯いたまま、玉菊はタツに同意した。

 最後の記憶が蘇る。
 はっきりと、九郎助は玉菊に言ったではないか。

『お主はこの黒狐・九郎助が唯一惚れた遊女じゃからな』

 玉菊の口元に、笑みが浮かぶ。
 だが同時に、瞳からは涙が溢れた。

 正体を晒したからには、もう九郎助は戻って来まい。
 全て教えてくれたのは、最後だからだ。

 タツが出て行った後も、玉菊は床に突っ伏して泣き続けた。
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