花街妖恋
 茶屋への途中で、玉菊は足を止めた。
 花街の端、小さな祠の前で、玉菊は手を合わす。

 九郎助稲荷。

 火事の事後処理が済み、置屋も新しくなって、玉菊の足も治った先日、玉菊は遊女の最高位、太夫に上がった。
 それと同時に、彼女は火事の折り、己が寝かされていた空き地に、この祠を建てた。

---九郎助様。今日は玉菊、初の太夫道中です。あなた様が仰った通り、私は念願の太夫道中をすることができました。その姿を、まずはあなた様に---

 祠に向かって心で語りかけた後、そっと合わせていた手を、帯に当てる。
 太夫の帯は、五角形の『心』の文字。

---この帯は、決して解きませぬ---

 玉菊の心は、九郎助様のもの。
 そう呟いて、玉菊は道中に戻った。

 ゆっくりと、内八文字を切りながら進む太夫道中は、徐々に小さくなる。

「やれ。別にいいじゃないか。素知らぬふりで、廓に帰れば」

 祠の後ろから、町娘のナリのおさんが姿を現した。

「せめて、初道中を祝ってやれば」

『・・・・・・お主とは思えぬ心配りじゃの』

 祠の内より、低い声が答える。
 九郎助だ。
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