花街妖恋
 うるさそうに九郎助が言ったとき、前方の華龍楼から、禿(かむろ)を連れた玉菊が出てきた。
 外湯に行くのだろう。

「あら九郎助様。どちらに行ってらしたの?」

 九郎助に気づいた玉菊は、にこりと笑って駆けて来ようとする。
 その位に似合わぬ子供っぽさがまた、玉菊の魅力だ。

 だがその玉菊の魅力に、九郎助が僅かに動揺したのを敏感に察知したおさんが、いきなり彼に抱きついた。

「またきっと、来てくださいましね」

 ぴたりと身体を引っ付け、九郎助を見上げて言うおさんは、見る人が見れば、逢い引きしていた恋人との別れを惜しむ町娘だ。
 まるで九郎助が、娘に会いに行っていたようである。

 玉菊が、少しだけ驚いた顔で、足を止めて見つめている。

「お主・・・・・・」

 ざわ、と九郎助の周りの気が変化する。

 おさんは男女の仲を裂くのが大好きだ。
 九郎助が自分でも気づいていない玉菊への想いを察し、すかさず邪魔に入ったのだ。

 九郎助が行動を起こす前に、おさんは、にやりと笑い、素早く身を翻して駆け去った。
 ち、と舌打ちし、顔を戻すと、立ち尽くす玉菊と目が合う。

 玉菊は、さっと顔を逸らすと、足早に廓の中に入ってしまった。
 取り残された九郎助と禿の間を、折りからの強風が、さっと吹き抜けていった。
< 9 / 31 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop