Snow Drop Trigger
俺が手元で見ていた記事に目を落とした医者の樋高さんは、『負傷者1名』という部分を指差した。


「これ、君の事だよ」

「知ってます」

「この記事もニュースでも言ってないけど、窓枠から顔はみ出して意識失うなんて一歩間違えたら死んじゃうよ?」

「……俺、そんな所で意識ぶっ飛んでたんですか」

「ガーディアンレスキューの友達が言ってたんだ」


僕は見てないけどね。

そう付け加えるように呟いた樋高さんは、自身の手元に持っていたタブレット端末に触れた。

医師が持っているタブレット端末はカルテやデータが入っているんだと樋高さんは説明してくれた。

ちなみにガーディアンレスキューとは、昔の言い方だと救急隊員あたりの立ち位置の人達の事だ。


「犯人は雪雫機関が追ってるから、捕まるのも時間の問題じゃないかな」

「雪雫……機関、ですか?」


樋高さんの口からポロリと聞き慣れた単語に対して、謎の剣をその言葉で召喚した彼を思い出した。

…………まさか、彼は雪雫機関の人なのだろうか。


『雪雫機関』。


つい最近設立された機関で、世界の治安を維持し、より良い世界にする為に活動している組織の名称だ。

強いて言うなら警察のような立ち位置の人達の事だ。

だが、雪雫機関の人間だったとして、彼は何故に追われているのだろう。

彼は雪雫機関の人間なのかはさておき、あの事件は俺が思っているよりも重大な事件だったのだろうか。


「でもね、君について聞きにきたんだ。
雪雫機関の人が」

「…………え?」

「君を怪しんでるみたいだよ」


突然の発言に困惑しか浮かんでこなかった。

だがよく考えると、あの場に残っていた人物は俺のみ。

容疑がかかるのは分からなくもない。


……いや、分からない。


俺がただ一人の負傷者である事を軸に容疑をかけているのなら、途中まで行動を共にしていた友人達が無実を証明してくれる筈だ。

ただ、途中までは無実を証明してくれるだろうが、それはあくまで俺が一人になる前までの話だ。

たった一人になった瞬間、俺の無実を証明するのは、俺に酷似した彼とそのお付き二人、存在しているのかすら謎のあの子ぐらいだろう。

その四人は正に今、この場には居ない。

それは容疑を確実に晴らす事は出来ないという意味だ。


「ちょっとからかいすぎたかな」

「……痛っ」


樋高さんは笑って俺の頭上にカルテならぬタブレット端末を優しく置いた。

俺はそれを横目で見ながらきっと困惑した表情を浮かべていたに違いない。


「確かに君はあの場に一人だったけど、雪雫機関はそこまで馬鹿じゃないよ」


ただちょっと抜けてるだけだよ、と樋高さんは優しそうな瞳を細めた。

笑窪が少し出来るのか、とぼんやり思いながら俺は悔しさを少し交えつつ照れくさくなって小さく俯いた。

……俺はどうやらこの御茶目な先生に盛大にからかわれていたようだ。
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