Snow Drop Trigger
※ ※ ※ ※ ※
「正恭ー」
「…………亜衣?」
肩まで伸ばした黒髪が、歩いた振動で揺らぐ。
前髪を一定の長さに切り揃えた彼女は、俺の右横の席に座りながら俺に視線を向けていた。
対する俺は、そんな彼女の左横の席で腕枕をしつつ顔を伏せていた。
「調子はどう?」
「まあまあ」
「涼弥も心配してたよー」
「……沢山迷惑かけたよな、俺」
顔だけ亜衣に向けていた俺を、彼女はキョトンとしながら見つめていた。
おもむろに彼女は顔を緩めると、「いつもの正恭らしくないね」と言った。
時は過ぎ、いつの間にか昼休みを告げるチャイムが鳴った。
涼弥達が購買部に買い出しに行く中、亜衣は先に俺を起こす為に声をかけてくれたのだろう。
あの爆破未遂テロ事件は、ニュースやネットに思った以上に拡散されていたらしく、校内でも知らない者は居ない程に噂が広まっていた。
俺が休んでいる間、友人達が被害者だった俺の事を誰にもバラさないでいてくれていた。
それは、凄く良い友人達に恵まれていたという証だ。
休みの理由が「風邪をこじらせた」でまかり通って良かったと心中で安堵しながら授業を受けていたのだが、いつの間にか眠っていたらしい。
移動教室が無かった分ましだが、病院でも爆睡をしていたのに我ながら睡眠時間が多いと思う。
「……秋子さんと春矢君は?」
「誘ったんだけど用事があるらしくって何処か行っちゃったんだ」
「……そうか」
オウノメ スバルの事は放課後にでも聞けばいいかとぼんやり考えながら、ゆっくり上半身を起こした。
思いきり背伸びをして、窓の外を見た。
グラウンドの積雪は思っていた以上にかさんでいた。
だが、外に出ている生徒は居ない。
しんしんと止む事を知らないかのように降り続ける雪。
一面の銀世界を遮るのは、俺とクラスの情景をぼんやりと写し出す一枚のガラス板。
外側には霜さえ付きそうなぐらいの気温なのだろうと、内側で曇るガラスを見つめた。
「……?」
そして強度を誇るこの窓ガラスの下部部に小さなヒビ割れを見つけた。
もう老朽化が始まったのかと呑気にそう思いながら、窓の外をもう一度見た。
すると、誰も居なかった筈のグラウンドに小さな一つの影があった。
「え……」
それは、正確には影ではなかった。
内側の曇りを指で触れると、窓の外はより鮮明に見えた。
グラウンドの中心に居るのは、黒いローブを纏った人間だと理解した刹那、背中に冷や汗が伝った。
それは一瞬で消えて後味の良いとは言えない悪寒だけを残す。
「購買部、行ってくる」
「えっ?
正恭、パン持ってきてるんじゃ……」
亜衣の戸惑う声を聞きながら、俺は一目散に教室を後にした。
購買部に行くというのは勿論、ただの言い訳。
俺が向かうのはただ一つ。
あの黒いローブを纏った人間が居るグラウンド。
「オウノメ、スバル……」
その人物の名前を呟きながら俺は廊下を歩いて行く。
だが後方に存在する悪意と、興味の視線に、その時の俺は気付ける筈も無かった。
「正恭ー」
「…………亜衣?」
肩まで伸ばした黒髪が、歩いた振動で揺らぐ。
前髪を一定の長さに切り揃えた彼女は、俺の右横の席に座りながら俺に視線を向けていた。
対する俺は、そんな彼女の左横の席で腕枕をしつつ顔を伏せていた。
「調子はどう?」
「まあまあ」
「涼弥も心配してたよー」
「……沢山迷惑かけたよな、俺」
顔だけ亜衣に向けていた俺を、彼女はキョトンとしながら見つめていた。
おもむろに彼女は顔を緩めると、「いつもの正恭らしくないね」と言った。
時は過ぎ、いつの間にか昼休みを告げるチャイムが鳴った。
涼弥達が購買部に買い出しに行く中、亜衣は先に俺を起こす為に声をかけてくれたのだろう。
あの爆破未遂テロ事件は、ニュースやネットに思った以上に拡散されていたらしく、校内でも知らない者は居ない程に噂が広まっていた。
俺が休んでいる間、友人達が被害者だった俺の事を誰にもバラさないでいてくれていた。
それは、凄く良い友人達に恵まれていたという証だ。
休みの理由が「風邪をこじらせた」でまかり通って良かったと心中で安堵しながら授業を受けていたのだが、いつの間にか眠っていたらしい。
移動教室が無かった分ましだが、病院でも爆睡をしていたのに我ながら睡眠時間が多いと思う。
「……秋子さんと春矢君は?」
「誘ったんだけど用事があるらしくって何処か行っちゃったんだ」
「……そうか」
オウノメ スバルの事は放課後にでも聞けばいいかとぼんやり考えながら、ゆっくり上半身を起こした。
思いきり背伸びをして、窓の外を見た。
グラウンドの積雪は思っていた以上にかさんでいた。
だが、外に出ている生徒は居ない。
しんしんと止む事を知らないかのように降り続ける雪。
一面の銀世界を遮るのは、俺とクラスの情景をぼんやりと写し出す一枚のガラス板。
外側には霜さえ付きそうなぐらいの気温なのだろうと、内側で曇るガラスを見つめた。
「……?」
そして強度を誇るこの窓ガラスの下部部に小さなヒビ割れを見つけた。
もう老朽化が始まったのかと呑気にそう思いながら、窓の外をもう一度見た。
すると、誰も居なかった筈のグラウンドに小さな一つの影があった。
「え……」
それは、正確には影ではなかった。
内側の曇りを指で触れると、窓の外はより鮮明に見えた。
グラウンドの中心に居るのは、黒いローブを纏った人間だと理解した刹那、背中に冷や汗が伝った。
それは一瞬で消えて後味の良いとは言えない悪寒だけを残す。
「購買部、行ってくる」
「えっ?
正恭、パン持ってきてるんじゃ……」
亜衣の戸惑う声を聞きながら、俺は一目散に教室を後にした。
購買部に行くというのは勿論、ただの言い訳。
俺が向かうのはただ一つ。
あの黒いローブを纏った人間が居るグラウンド。
「オウノメ、スバル……」
その人物の名前を呟きながら俺は廊下を歩いて行く。
だが後方に存在する悪意と、興味の視線に、その時の俺は気付ける筈も無かった。