Snow Drop Trigger
「正恭っ、ストップ!」


教室から廊下に出て、数十秒。

一階に下る階段に差し掛かる場所で、聞き慣れた声が聞こえた。

中性的なその声音は、やはり姿を見なければ何方かすら分からないぐらいに酷似している。


「…………秋子、さん?」

「呼び捨てじゃなきゃ嫌。
ついでに他人行儀な言い方と、語尾に疑問符付けた言い方も嫌」

「……何か用ですか?」

「相変わらず、ツレないなー」


頬を膨らませてそう言う秋子さんは、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。

プリーツのスカートを揺らしながら俺の目の前にやって来て、彼女は俺を見上げてこう言うのだ。


「正恭はまだ分かんないだろうけど、本当に恵まれてるよ」

「……?」

「ねぇ、正恭。
大切なモノが目の前で壊れ出した時、それを解決する事は正恭にしか出来ないって知ったらどうする?」


言葉を発する度に近くなる物理的な距離は、俺はどうにも好きになれない。

近寄る人物が嫌いな訳ではない。

踏み込んで来た距離が物理的にも精神的にも近くなると、これ以上自分の領域に踏み込んで欲しくないから遠ざかる。

ただ、それだけ。


「俺は、……!?」


渇く喉から絞り出そうとすると秋子さんが突然、俺の腕を引っ張って壁側へ放り投げた。

壁にぶつかる事は何とか回避出来たものの、いきなり他人を掴んで放り投げるなんて、人間として如何なものか。

何故こうなったのかの状況確認の為に顔を上げた刹那、右側で壁が抉られるような音がした。

デジャヴを感じながら音のした方向を見ると、そこには俺の右側数センチ辺りの場所にコンパスが突き刺さっていた。

おまけに、針がついていた軸が数センチ程壁にめり込んでいた。


「えー……と」


壁に尋常ではないレベルでめり込んでいるコンパスを見ないように左側から恐る恐る振り返ろうとした刹那、今度は何かを弾くような音と共にまたもや壁に何かが突き刺さった。

青色の取っ手の先にある銀の刃が艶かしい文房具、ハサミである。

そのハサミでさえも今や銀の刃の部分が少ししか見えないぐらいに突き刺さった状態だ。

迅速な速度で打ち込んだとしてもこんなにめり込むかどうかは定かではない。

いや、絶対に無理だろう。

デジャヴを一日に二度も感じるという体験は、もはや俺が何かの事件に巻き込まれている事は確定事項だと物語っていた。

振り返った先には、プリーツのスカートを靡かせながら立っている秋子さんの背中と、虚ろな瞳を向けている女子生徒達だった。
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