アネモネの丘
私がたくさんの人の合間を縫ってテラスに着くと、お兄様が一人で立っていた。花楓もいたはずなのに居ない。どこに行ったんだろう?
「お兄様?」
花楓の行方も気になるし、お兄様に聞いてみようと近付いて話しかけたけど反応がない。ずっと暗闇の向こうを見つめたまま動かない。
「お兄様!!」
再度耳元で叫ぶように言うと、お兄様はやっとで私の方を見た。ぼーっとしてどうしたのかしら?
「……どうした?」
それは私のセリフなんですけど。私の知ってるお兄様じゃない……。
「どうした?じゃないわ。花楓と一緒にいたでしょう?どこ行ったか知らない?」
お兄様は目を見開いて私を見ると、再度暗闇を見つめた。
「花楓…やっぱり彼女が……」
お兄様の様子がおかしい。ものすごくぼーっとしてる。こんなお兄様を見るのは多分初めてだ。仮面で見えないけど、お兄様らしくない顔をしていると思う。仮面しててよかった。
もし、他人に見られたら……。兄の名誉の為にも絶対見られないようにしよう。
お兄様は一度しゃがみこむと、私の方を向いた。
「……お兄様?」
「……彼女なら帰るって言ってたよ」
一瞬でいつものお兄様に戻った。さっきのぼーっとしたお兄様が嘘のよう。今はきりっとしている。
お兄様の足元を見ると、見覚えのある紐が目に入った。花楓にあげた仮面に付いていたリボン。花楓に似合うように薄紫色に金の刺繍が入ったものを選んであげたもの。
もしかして……お兄様は花楓の顔を見た?そしてあの表情……花楓に一目ぼれしたんじゃ!ついにお兄様が!
私はお兄様にリボンを手渡すと、会場内に戻った。花楓に会ったらなんて言おうかな……ワクワクする。花楓はお兄様の事をどう思ったのかしら?お兄様の仮面もずれていたからきっと、花楓も素顔を見ているはず。
物凄くロマンチック。
上機嫌で鼻歌交じりに会場に戻っていく私をお兄様は不思議そうな顔で見ていた。