アネモネの丘
でも、逃げることはできなかった。逃げようとした矢先、私は誰かに見つかったから。フェルナンド様以外の誰か。
「あれ?なんかかわいい子がいる」
そう声がしたかと思うと、俯いていた私の顔を覗き込んでくる赤髪の人。赤髪とこの声……舞踏会で私に声をかけてきた人に似ている。その人に間違いない。でも、なぜ王族のプライベートスペースに?この人はそれなりの身分の人ってこと?
その時、赤髪の人が剣に手をかけているところをみてしまった。口調は軽かったけど、怪しまれてる。王子と剣を持った騎士……この人はフェルナンド王子と同じくらい巷で噂の騎士バジル様?よく知らないけど。
私は動けなかった。下手したら斬られる。狩りの獲物になった気分とはこのことかと思った。
「バジル!花楓から離れなさい!」
その時、ルチアが私とバジル様の間に入った。助かった……ルチア様が天使に見える。
「私の友人です。無礼なことは控えなさい!」
そうルチアが言うと、バジルは私たちから少し離れた。ルチアが王女様だ……。
「はーい」
何とも軽い返事に私は拍子抜けした。この人……変な人だ。
「花楓、この人は気にしないでちょうだい。おかしいから」
ルチアの言い方はどうかと思ったけど、おかしい人には間違いと思って私は頷いた。顔はカッコいいのに中身は残念な感じ。ルチアが時々話してくれた変な人とはこの人だとすぐに分かった。ちょっと近づきたくない。
「バジル、花楓に詫びを」
ルチアが言うと、バジルは再び私に近付いてきた。詫びをするために近付いてきたとはいえ、あまり近付かないでほしい……。
「先ほどは失礼しました、花楓お嬢様。無礼をお許しください……」
そういって、私の手を取り手の甲に口づけをした。
さっきの様子とのあまりのギャップに私は唖然としてしまい、頷いてしまう。美形な人って恐ろしい……。
「やーでも、本当に可愛いね。さすがルチア様のご学友」
さっきとは打って変わって軽い調子で言うバジル。頭が混乱するからやめてほしい。
バジル様は私の隣に並んで腰に手を回していった。馴れ馴れしすぎて駄目だ……私、この人は苦手。私は失礼にならないように気を付けて自然にバジル様から離れようとしたけど、離れられない。バジル様が離れようとしても引き寄せてくるから。
ああ、どうしよう?
「バジル、やめろ」
私が困っていると、横から腕を引っ張られた。驚いて横を向くと、あの丘で出会ったフェルさんが居た。今日はフィオレちゃんはいないらしい。ちょっと残念。私は腕を引っ張られた弾みでフェルさんに寄りかかってしまった。