アネモネの丘

 ルチアがため息をつきながら私の方に向かってきたが、それを遮る影。バジル様がルチアを遮って私の方に歩いてきた。なぜバジル様が?

「俺が送ってくよ、花楓。早く早く」

 そういうと、バジル様はドアを開けてくれた。断ろうと思ったけれど、バジル様が急かすから断ることができなかった。バジル様のことは苦手だからあまり一緒にいたくないのに……。

 庭園へとつながるドアが閉まる。ルチアもフェルナンド様も来ない。……バジル様に送ってもらえってことね。私は納得すると、バジル様について階段を下りることにした。

 バジル様の後ろについて城の階段を下りる。ルチアと庭園に向かっている時はわくわくしていたけど、今は少しどんよりしている。

「花楓は宿屋の娘なんだね」
「そうなんです……」

 バジル様の質問攻めに疲れた。この人はなんでこんなに話すことができるんだろうか?私にその会話スキルを分けてほしい。ほんの少しで十分だけど。
 そう言えば、舞踏会の日私はバジル様にも無礼なことをしてしまったのを思い出した。バジル様があれを私と気付いているのかが分からないからなかなか言い出せない。そもそも、さっきはあれはバジル様だった!って思ったけど、本当にバジル様だったかわからないし……。

 私はバジル様との会話がほんの少しの途切れた間でため息をついた。

「疲れた?」

 あなたとの会話に疲れました。とか言えない。
「少し休む?」

 その言葉に私は首を振った。休んだらバジル様との会話時間が増えてしまう。学校の女の子たちだったら喜ぶかもしれないけど、私はちょっと遠慮したい。
 でも、バジル様は意外と気を使ってくれる人で優しいのかも。

「そっか、もう少しゆっくり話したかったんだけど……」

 バジル様は私の目の前に立ちはだかると顔を近づけてそう言った。前言撤回、優しいんじゃない、下心があるだけだ。

「私は話すことなんて……」

 すると、バジル様は私の耳元に顔を寄せた。性格はどうであれ、こんな美形の顔が近寄ってくると鼓動が早まってしまう。

「舞踏会で君に会ったよね?」

 そう呟いたバジル様は私を見て微笑んだ。私は驚いて言葉が出ない。やばい、謝らないと……。バジル様のいうことを聞くしかないと私は諦めて従うことにした。いつでも逃げられるように警戒はしながら。もし何かあったら、ディルクさんに習った護身術が役に立つはず。



< 34 / 37 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop