アネモネの丘


 バジル様に連れてこられたのは城の別当の一室だった。通ってきたときに騎士たちが沢山いたから、騎士隊の本部なのだろう。そして、ここはバジル様の仕事部屋らしい。テーブルの上には書類の山ができている。騎士はただ剣を持って人を守るだけじゃなく、デスクワークもあって大変だなと少し思った。

 バジル様は私をソファーに座るように促すと、部屋の外に出て行った。

 バジル様が出て行き、一息つく。あの人が一緒にいると安心できない。かと言って、いないからと言って安心もできないけれど。ここはバジル様の部屋なんだし……。

 ソファーに座ったまま窓の外を見る。外では騎士たちが剣を振っている。レスターもいるのだろうかと探してみたけれど、座ったままでは見る場所が限られる。少し立ち上がろうかと思った時、ドアが開いてバジルが入ってきた。

「アルバ、この子なんだけど」

 バジルの後ろからもう一人女性が入ってきた。二十代後半くらいだろうか?とても綺麗だが、少し親近感の湧くような穏やかな雰囲気の人。エマさんのような。

「あのブルームの看板娘の子でしょ?……こんにちは、花楓ちゃん。私はアルバ。騎士隊の寄宿舎の食事係をしているの」

 アルバさんはそういうと、私に手を差し出してきた。私は頭を下げて握手をする。寄宿舎の食事係……大勢いるんだから大変なんだろうな。何人もいるんだろうけど。

「この子なんかどう?」
「でも、彼女は学校に通ってるでしょ?」
「まあそうだけど。一人で回していくつもりなら、時々手伝ってもらえた方がいいだろ?」

 話が見えない二人の会話をただただ聞く私。手伝うって何を手伝えばいいんだろう?

「……聞いてみないと分からないじゃない」

 アルバさんのその言葉と同時に私の方を見る二人。私は話が全く分からないから見返すしかない。それにしても、私はなんでここに来たんだろう?バジル様に少し脅された感じでここに来たから、舞踏会について言われるのかと思ったのに。

「花楓ちゃん、軽い気持ちで聞いて欲しいんだけど、暇な時に私の手伝いをしてくれない?」

 数日前まではアルバさんの他にも食事係は居たらしい。それこそ、騎士様に憧れる学校卒業したての乙女とか。でも、食事係は結構大変でやめていく人や結婚して辞める人が多く、今ではアルバさん一人になってしまったとか。アルバさん一人でも食事作りは何とかできているが、負担がかかり過ぎて大変らしい。



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