アネモネの丘
私が最後のパンの欠片を口にほおばると、宿屋の食堂に繋がるドアからディルクさんが入ってきた。
ディルクさんは昔はブルクで兵士として働いていたらしい。でも、足を負傷してエマさんと出会って、エマさんの親が経営していたこの宿屋を手伝うようになった。
そうして働いていくうちにエマさんとディルクさんは惹かれあい結婚した。
エマさんが子どもを産めない体になったのは、一度妊娠して子どもを死産してからだった。初めは二人も悲嘆にくれた。その悲しみを癒すために旅行して私を拾ったらしい。
二人はディルクさんは毎朝自分の子どもの墓へ行っている。毎日一人でいるのは寂しいだろうからって。私も時々付いて行っている。
今日もディルクさんはお墓に行ってきて今帰ってきた。エマさんが行かないのは、二人が行くと宿屋の仕事ができないかららしい。
時々時間が空いたら行ってるらしいけど。
「おはよう、ディルクさん」
「ああ、おはよう。昨日はよく寝れたか?」
私は頷くと、ディルクさんにコーヒーを入れる為に立ち上がった。ディルクさんにコーヒーを入れるのは私の役目になっている。
コーヒーを入れてディルクさんに渡すと私は牛乳を飲んだ。コーヒーを淹れるのはいいけど、飲むのは少し苦手。苦いし。
「ありがとう、花楓。相変わらずおいしいな」
「あなた、まだ飲んでないわ」
相変わらず野菜を切りながらエマさんがツッコんだ。確かにまだ飲んでない。ディルクさんは時々……だいたいおとぼけキャラで楽しい。
エマさんは優しい顔をしていながらツッコみキャラで、清々しいほどいいツッコみを入れてくれる。
「……おいしいぞ!」
ディルクさんは今度こそ一口飲んで言った。
「よかった。あ、もうそろそろ時間だから学校に行ってくるね」
私は鞄を持つと宿屋の食堂に続くドアを出た。玄関はちゃんとあるけど、食堂を経由して宿屋の玄関から出た方が学校に近いし。