マンゴーにはなれそうもない


どうかした?

とも、

迂闊に聞けず焼きたてで冷ましていた
クッキーを二枚つけてあげた。


「紅茶によく合うから。」


それだけ云って、
作ったミティをそっと差し出す。


「ありがと・・ねえ?」

「え?」

「店、あと少しで終わりだろ?
ゴハンでもどう?」

「あぁ・・。」


いつもなら断るのだが、
今日は雰囲気的にソレができなくて。

ラストには窓の戸締りそして
照明を落としてからロッカーに
エプロンをしまおうとしてた。


「ひゃっ!!」

「じっとして・・。」


厨房とフロアの間にあるロッカー。
入ろうと思えば直ぐに入って来れる。

後姿を突然、抱き締められて気付いた
彼の髪に僅かに残る・・灰の匂い。


「・・現場だったの?」

「うん・・1人、亡くなった・・。」

「・・・・そう。」

「崩れて、火が回りきって
どうにも助けられ、なかっ・・。」


仲間が1人、
消火作業中に亡くなったそうだ。

先輩だったようで、
率先して奥へ行き、天井が崩れ落ちた。

彼の居場所も危ないと判断され
全員、已む無く撤退したらしい。

よくそれで・・
此処へ来てくれたものだと思う。

あたしなら部屋に引き篭もって
しまうかもしれなかった。

こんな時、
どう声を掛けていいのか悩む。

考え付くものは
全て軽すぎる様な気がして。


「・・俺ね、
今日の現場で"死ぬ"と思った。」


「・・怖かったの?」


そう聞いてやるのが自然に思えた。

暗闇の中、背の高い体を前かがみに
あたしの背中を抱き続け

BGMもないフロアで
彼の息遣いだけが耳に触れている。


「凄く、怖い、怖かった・・。」



実際の現場は、
映画やドラマで見ている様な
あんなクリアな視界ではない。
まして夜明け前だった。

1つの判断ミスが命に係わるのを
今日、彼は身を持って知ったのだろう。



「落ち着いてから・・
放してくれていいよ。」

「うん・・・あのさ。」

「何・・?」



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