マンゴーにはなれそうもない
「俺、女なんていないからね。」

「えっ?」

「彼女が見たって・・
俺が可愛い子と車に乗ってるの。」

「ねえ・・人目があるからやめて?」


そう云うと
あたしを真面目に見据えながら
やっと手を放してくれた。

ハッパを容器に移し変えながら、
チラリと彼の顔を見やる。


「そう云えば、暫く見なかったわね。」

「でも、女はいない。」


と、またキッパリ言い切った。

あ・・そうか。
全治一週間とか云ってたな。


「はい、お待たせ。」

「あのさ」

「なあに?」

「いい加減・・
俺の事、名前で呼んでくれない?」

「甲本くんって呼べばいい?」


名前は知っていた、
彼は甲本優弥<ユウヤ>と云う。

他の男の子だって皆、
「君」づけで呼んでいたからか?


「下の名前がいいな。」


微笑みながら、照れもせずに
そんなくだらない事を。

呆れて小さなイスに腰を降ろす。


「優弥くんね。ハイハイ。」

「面倒臭そうに云うなよ・・。」


・・どうでもいいんだって。
徐にコッソリ煙草に火をつけた。


「俺も、瑠璃って呼ぶから。」

「っ・・! ごほっ・・!」


一頻りむせ返った後、
涙目で彼の顔を見上げた。

淋しげに笑って見せた顔が
息苦しそう・・・。

直感した。彼はもう知ってると。


あたしが足立くんにサレた事も、
彼がすっかりカレシぶってる事も。


「るり・・か。似合ってる。」


こんな時にまさか、
名前を付けた死んだ母親が

「松田聖子のファンだった」

とは・・云えやしない。


本当は何処まで知っているんだろう。
絵麻は・・、否、そうとは限らない。

誰が何処まで話してしまったんだろう。

あたしは煙草を吸うのも忘れ、
ただ、彼の云う事を黙って聞いていた。


「一緒に観ようと思ってさ、
映画のチケットとっといたんだ。」


気が付くと
膝が震えていたのには少し笑った。


「後で迎えに来るからね?」

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