マンゴーにはなれそうもない
「悪いけど、好きな人がいるから。」


目の前の男は
一瞬ギクリと体の動作を止めてる。

勿論、好きな人などいない。
安易な思いつきの嘘だが仕方がなかった。

急に首を傾け、眉を寄せた顔で此方を
見てから・・次の言葉が出るまで約2秒。


「・・俺と同じ客?」

「いいえ、違う。」


この男は非力そうに見えて
実は消防士。

休みが兎に角多い。
頻繁に店に来られても迷惑だ。


「だから・・」

「でも、まだ片想いなんだろ?」


ニヤリと笑う顔に言葉を詰らせた。
云い出しそうな台詞が見事的中。


「だったら俺も
片想いしてたっていいじゃん。」


止める権利はない・・って事だ。

結局・・彼と云う男は前向きで
何を言っても挫けないのだろう。

それとも
女を落とすと云う執念だけか。

そうこうしてる内に電車が到着。

立ち上がると背中を軽く押し、
ご丁寧に車内へと誘導してくれた。

そしてそれは、
電車を降り、駅を出てまで続く。


「家まで送るよ」

「ウチ、同居だから上がらせないわよ?」

「解ってるよ、今日の所は
取り合えずご両親に挨拶だけ。」

「・・・一回、死んだら?」


本気な訳がない。

夜道の街灯に照らされた
高い位置の澄ました顔を呆れて見あげた。

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