異人乃戀
正直、あまり危機感を感じていない湖阿だが、今更恐怖に苛まれた。これから何があるかわからない。帰る事が出来たらどんなにいいだろう?
「ねぇ……あたし、帰れないの?」
夜杜に問うと、しばしの沈黙の後に温かい低い声が聞こえた。
「君の選択次第だ」
湖阿に表情は見えなかったが、夜杜は雰囲気で分かるくらい今までで一番優しい笑顔を湖阿に向けた。
その笑顔の中には、やり遂げてくれるという、湖阿への期待と同情の念も入っている。
「後悔するかしないかは……」
「じゃあ……大丈夫」
湖阿は今までしてきた人生の分岐での選択に自信を持っていた。後悔などしたことはない。
どんな結果でも、自分で決めたことを後悔する必要なんて無いとも思っている。
「帰れる可能性が低いとしても……あたしは帰ってみせるから」
今、この思いを強く持たなければ何かに全てが支配されてしまう。そう感じた湖阿は、顔を上げた。
「勿論、あたしがやらなきゃいけないことをやれる事はやってからだから」
来てしまったからには、やる事はやらないと気が済まないのだ。
自分の意志とは関係なく来てしまったとしても、自分が帰るためだけに頑張るのは身勝手だ。
ここに連れて来られたことそのものが、何者かの身勝手だが、不思議とそんな風に思っていた。
「やれることは、だから」
「子供を産むことだね」
「やれること!……それは無理」
そんな湖阿に夜杜は笑った。
「私、誰に連れて来られたの?」
「裏倭の民皆の思いかな」
湖阿は今更ながら救世主の責任の重さを知った。何人いるかは分からないが、国なのだから何億といるのだろう。民全ての期待と希望に応えられる自信はない。
しかし、出来ることはしっかりやろうと決めたからにはそれは実行する。
「頑張るから」
夜杜は温かい笑みを向けると、湖阿の耳元へ口を寄せた。
「君は裏倭の中で一番強いかもしれない」
そう湖阿の囁くと、夜杜は目の前にある扉を開いたーー。