異人乃戀
夜杜と離れて裏倭の地に足を踏み入れた湖阿は、想像もしなかった出来事に動けずにいた。
王の傍らに落ちた湖阿は、激痛に苦しむ暇なく、何かの力に引かれ、王の方に倒れ込んだ。
倒れ込んだ際に目を閉じた湖阿は唇の妙な感覚に恐る恐る目を開いた。
目を開いた湖阿の目に映ったのは長い睫毛の青年の顔。それが脳に浸透した湖阿は急いで離れると、口を手で押さえた。
これはどういう事なのか頭を叩きながら考えてみる。浮かんだ答は一つ。
夜杜の仕業だということ。
しかし、湖阿は何故か怒る気にはなれなかった。救世主としての役目を果たしたのだから。王が目覚めるか分からないが。
湖阿が茫然と座り込んでいると声がし、誰かが中に入って来て湖阿を蹴飛ばした。
「いっ……たぁ……」
顔をあげると、深い青の髪の青年、鷹宗が湖阿を気にするでもなく王の横で王の顔を覗き込んでいた。
「ちょっと!何すんのよ!」
湖阿が声をあげると、鷹宗が眉間にシワを寄せて湖阿を睨んだ。
「お前……誰だ?」
少し怯んだ湖阿だが、引き下がるわけにはいかない。
「あんたこそ誰よ?」
「得体の知れないようなやつに名乗る名前なんて無い」
「あたしだってあんたみたいな失礼な男に名乗る名前なんてない!」
どうやら二人は初対面から敵対する程に、気が合わないらしい。
「そろそろ目を覚ますよ」
睨み合う二人に陸丞が苦笑すると、夜杜が未だ眠り続けている王を見て言った。
「何かしたんですか?」
咲蘭が言うと、夜杜は笑顔で秘密と言うと、湖阿に近付いた。
「やんのか?」
「何よ?ざけんな!」
「女の子がそんな言葉使ったらいけないな」
夜杜は湖阿を抱え上げると、仕切の外に出た。
「ちょっ!何よ!」
「私はもう行くよ」
湖阿を降ろし、悲しそうに言う夜杜に湖阿は何故か胸が痛んだ。
「また会いに来るよ」
「……え、あ、うん」
本当に悲しそうに言い、普通なら嫌がる湖阿だが、調子が狂い頷いた。
「毎日でも会いに来るよ」
「それは嫌。絶対嫌」
即答する湖阿に苦笑すると、夜杜は光に包まれ、消えた。
去ったことで見知った人が居なくなったことに少し寂しくなったが、少し安心した。
あの掴め無い性格に本能的に警戒し、力を入れてしまうのだ。
「救世主様」
嵐が一つ去ったと安堵していると、肩を叩かれた。
振り返ると、銀色の髪の少女が微笑んで立っていた。あまりにも整った顔付きに、湖阿は凝視。
そんな湖阿の視線にも動じず、なおも微笑み続けている少女と湖阿ははたから見るとおかしいだろう。