異人乃戀
志瑯
「虎が龍の血を吸うたびに……桜は一段と美しく咲いた」
白虎族が青龍族の兵を殺したということは、湖阿も気付いた。
全ての兵が無事だったわけではなく、攻め込んで来た白虎族に数百人が殺され、青龍族の城は落とされた。
湖阿には、城が他の族に占領された時の屈辱の念は到底分からなかった。ましてや、今まで支配して来た王の気持ちは予想を遥かに越えているだろう。
湖阿の考えている事を感づいたのか、志瑯は静かに話し出した。
「私には生れつき感情が無い。白虎に国を盗られたというのに……何も思わない」
湖阿は一つ息を吐いてから、志瑯の手を手にとり、握っていた拳を開いてやった。
「私はまだここに来たばっかりだから、何も分からない。けど、王様に感情が有ることくらい分かるわ」
その言葉に、志瑯は湖阿に視線を移した。真っすぐな目に見つめられ、しかも整った顔に、湖阿はうろたえた。
「だ、だって……仲間の死の話をしていた時の顔、凄く悔しそうだった。それに、何で拳を強く握ったの?悔しいからでしょ?」
志瑯は湖阿と自身の手を不思議そうに眺めた。急に手を掴んだのが恥ずかしくなり、放そうと思ったが、素早く湖阿の手を掴んだ。
「暖かい」
志瑯は他人がこんなに優しく暖かいものだと知らなかった。
物心がつく前に母親は死に、乳母とも離され、王となるだけの為に生きてきた。志瑯を甘やかす人から志瑯を遠ざけ、厳しい教育を志瑯の父親はしてきた。
世継ぎを生ませる為に、何人かの女と床を共にしたことはあったが、暖かくはなかった。
むしろ、醜い欲が渦巻き、冷たく感じた。
「当たり前よ。生きているんだし」
「……不思議な娘だ」
志瑯は心が落ち着くのを感じ、少し顔を緩ませた。未だかつて人前でこのような表情をしたことはない。それを一番驚いているのは、志瑯だった。
「眉間に皺(しわ)ばっかり寄せてると、幸せが逃げるわ」
「それは……おぬしの世界の伝承か?」
「私のお母さんがよく言ってたの」
早くもホームシックにかかってしまったのか、湖阿は沈んだ顔をした。無理も無いだろう。帰ることも叶わないのだから。
「母親というものはどんなに暖かいのだろう?」
「王様……」
志瑯にも母の暖かさを知ってもらいたいと思ったが、どうすることもできない。
湖阿が母親の代わりなど年齢的にも、経験的にも無理だ。
「母だけが暖かいわけじゃないじゃない。王様の側にいた人は皆、あなたが起きた時に暖かい目を向けていたもの」
志瑯が気付いていないだけで、志瑯も人の暖かさに触れていたのだ。