異人乃戀
湖阿の目に真っ先に映ったのは、燃えるような赤だった。
赤い髪に悲しげな深紅の瞳。訪問者は湖阿にはどうしても悪い人には見えなかった。
湖阿に見つめられているのに気付いた訪問者は、謝るような表情をすると、すぐに険しい表情になった。そして、前を向いた湖阿の首に短刀を押し付けた。
予想もしなかった展開に、首に当たる冷たい何かが何か、直ぐには理解できなかった。
「もしや……朱雀の嫡子か?」
鷹成が刀を向けたまま問うと、訪問者は微かに表情を動かす。
今だ族としてどっちつかずの族、朱雀。
「そこの女、青龍の長を連れてこい」
咲蘭は咲蓮を一瞥した。咲蓮の答えなど、誰もが分かっていることだ。
救世主が居ても、王が死ねば意味は無い。救世主が死んでも、王が居れば国を白虎族から取り戻す事が出来る。
湖阿は感づいていた。子供だってこれくらいの秤など簡単にかけることができる。
大切なのは一人の命ではなく、何千、何万の命。
「……青龍、玄武も……か」
どこと無く悲しげな声に、湖阿はいよいよこの朱雀の訪問者は悪者ではないと感じた。
しかし、短刀を突き付けられている湖阿はどうすることもできない。
今までは安全な場所で生きてきた。まさか、誰かに殺されるような事になるなんて思いもしない。
死ぬのがどういうものかなど、考えたことが無い……考える必要が無かった。
今突き付けられている恐怖は、湖阿の意識を連れ去ろうとする。否、恐怖ではない何かが湖阿の中をうごめいていた。
目を見開いて硬直している湖阿を見た咲蘭は、湖阿を見捨てるのは人として恥ずべきものだと思った。
もし、志瑯を連れて来れば鷹宗もいる。形勢を逆転できる可能性だってある。志瑯が危険にさらされる可能性もあるのだが。
「……母様、わたくし……放ってはおけません。救世主様だから助けるという問題ではありません。それに……湖阿様に何かあれば王、志瑯様に顔向け出来ないです」
お呼びしてきます、そう言うと、咲蘭は走り出した。それを止める者はいない。確かに咲蘭の言う通りだと皆思ったのだ。
「呼ぶ必要は無い」
襖の向こうから声がしたかと思うと、志瑯と鷹宗が入って来た。