異人乃戀
救世主の役目
湖阿が目を覚ましたのは翌日の朝だった。
小鳥の囀りと優しい朝陽に照らされ、十分過ぎるほど寝たというのに瞼が重くなる。
もう一度布団に入ろうとした時、入口に誰かが居るのに気付いた。鷹宗かと思ったが違う。赤い髪の青年ーー。
朱雀族の嫡子である珮護だ。
湖阿が後ろ姿をずっと見ていると、湖阿の視線に気付いたかのゃうに振り向いた。燃えるような赤の髪に見覚えはあったが、すぐには思い出せない。
「おはよう、救世主殿」
少し警戒していた湖阿だが、人懐っこい笑みについ顔が綻んでしまう。
「おはよう。えーっと……誰だっけ?」
湖阿が言うと、珮護は笑い出した。昨日湖阿は珮護に捕らえられ、命の危機を感じたというのに覚えていないというのはどう考えてもおかしい。
しかも、湖阿の場合は恐怖のために忘れたのでは無く、ただ思い出せないだけなのだ。
「朱雀の嫡子の伍雀珮護」
「珮護?……朱雀の嫡子?」
湖阿には聞き覚えがあった。いつ聞いたのか記憶を整理していく。
湖阿は勢いよく顔を上げ、立ち上がった。
「あ、あの時の!ちょ、なんで!」
「当たりー。まあ、落ち着いてよ」
珮護は湖阿を座らせると、布団を盾にして警戒している湖阿に苦笑した。
「昨日は本当にごめん!殺そうとか思ってなかったから、本当に!」
馴れ馴れしくも頭を下げて必死に謝る珮護に、湖阿は自分が謝らなければいけない気がしてきた。
謝る必要もないのだが。
「……分かってる。もう大丈夫だから」
湖阿は布団を避けて言うと、珮護に笑顔を向けた。
「救世主殿……」
「あ、私の名前は湖阿だからね」
救世主と呼ばれるのにどうしても違和感を感じる。それに、言われる価値が無い気がしていた。自分に何が出来るのか分からないからだ。
「よろしく、湖阿」
「ええ。ところで……何でここにいるのよ?」
朱雀族は白虎族についたというのを湖阿は聞いていた。昨日の気を失ってからの状況を知らない湖阿は不思議に思っていた。
「まぁ、色々あってさ。オレは青龍につくことにしたってわけ」
色々の中身を知りたかったが、裏倭に来たばかりでこの世界についてあまり知らない湖阿が聞いたとしても理解できないと思い、あえて聞かなかった。
それに、昨日の悲しげな表情の理由も色々の中に入っているとしたら、珮護にとって言いにくい事だと感じたからだ。
「ふーん。……そういえばお腹空いた」
話が一段落したところで、湖阿はずっと寝ていてご飯を食べていない事に気付いた。
「咲蘭に言ってきてやるよ」
そう言うと珮護は立ち上がり、部屋を出ていった。